俺のお嫁さん

「柚木、準備できた?」

「ちょ、ちょっと待って!」

「ちょ、ヤバいって!時間時間!」

「え?あ!ほんとにやばい!」


俺たちは時間に追われていた。今日はとても大切な日だ。俺たちにとってとても大切な日。だと言うのに時間に全く余裕が無い。


「できた!早く行こ!」

「せっかく早く起きたのに…」


そう言って俺たちは裕二さんの車に乗り込んだ。


「準備できたかい?」

「はい、なんとか…」

「お父さん、早く出して!」

「あらあら、慌ただしいわね」


柚木の一言で車が走り出した。数十分走って目的地に到着した。俺たちは急いで車から降りて建物の中に入る。


「緋月!また後でね!」

「あぁ!」


俺たちは一旦分かれた。そしてある部屋に入る。


「あっ!やっと来た!早くこっちに!」

「は、はい!」


言われるがままに呼ばれた所に行く。そして俺は着替え出す。真っ白な服に袖を通すこのひとつの動作が、ズボンに脚を通すこのひとつの動作が更に俺の緊張感を高めていく。


「今日は人生の晴れ舞台ですからね。頑張ってください」

「ありがとうございます」


諸々あって。


俺は牧師の人と合流した。


「緊張してますね。ガチガチですよ?」

「そ、そりゃあ緊張もしますよ…」

「はっはっはっ!頑張ってください」

「はい…」


あー、緊張する。


音楽が流れ出した。俺の前で牧師の人が扉を開いた。俺はそれに続き歩き出す。色んな人の目線が俺に向いている。あ、裕也と四条さん。裕也の野郎…何ニヤニヤしてんだ…


父さんと姉妹は結婚式に来ていた。何年かぶりに再会した父さんは涙目で嬉しそうだった。姉妹はどこか申し訳なさそうな顔をしている。きっと今日で本当に関わりは最後になるのだろう。ちなみに優子さんは現在服役中らしい。


俺は定位置に着いた。牧師が開会宣言をしているが緊張しすぎて何を言っているのか分からない。


思えばよくここまで来れたよな。本当に全部柚木のおかげだ。柚木が居なかったら俺は今頃生きていなかったんじゃないだろうか。


ストレスの原因が無くなった俺はあの後、順調にうつ病を回復させた。原因が無くなったからと言ってもかなり辛かったことには変わりない。でもずっと柚木が俺を支えてくれていた。そして治った時に柚木に告白した。柚木は驚いていたが喜んで俺を受け入れてくれた。本当に嬉しかったな。


その後お互い同じ大学に通った。大学の費用は父さんが払ってくれた。せめてそれくらいはさせてくれと言うことらしい。


大学を卒業すると同時に柚木にプロポーズした。やはり柚木は驚いていた。涙も流していた。でも嬉しそうに笑って受け入れてくれた。そして今日がある。俺たちの結婚式だ。


そんなことを考えていると後ろのドアが音を立てて開いた。俺はまだ振り返っていない。きっと柚木は今裕二さんの腕を掴みながら歩いてきているのだろう。


俺は予定通り柚木が一定の場所に来たのを確認してから柚木に近づいて行った。


柚木は真っ白なドレスを身にまとっていた。顔はヴェールによって隠れているが見惚れてしまう程に綺麗だ。


俺は裕二さんから柚木の手を受け渡してもらい柚木と共に歩き出す。そして特定の位置につき俺と柚木は止まった。もうこの時点で心臓はバクバクと激しく拍動している。


讃美歌を歌い終わり牧師が聖書を読み終えた。すると牧師から式辞が送られる。


「緋月さん、柚木さん。あなた達はこれまで沢山の時間を共にしてきました。その時間は楽しいことばかりではなく苦しいこともあったと思います。ですがそれを今日まで乗り込えてきたからこそ今があります。胸を張ってください」


式辞が送られ終わると誓約の時が来る。


俺と柚木は2人して壇上に上がった。


「夫、比島 緋月さん。あなたは妻、比島 柚木さんを生涯を掛けて幸せにすると誓いますか?」

「はい。誓います」


少し震える声で俺はそう言った。


「妻、比島 柚木さん。あなたは夫、比島 緋月さんを生涯を掛けて支えていくと誓いますか?」

「はい。誓います」


柚木も俺と同じで少しだけ声が震えていた。


「私、比島 緋月と」

「私、比島 柚木は」

『今日ここにご参列いただいた皆様の前で結婚の宣言をいたします。今日からはお互い手をたずさえてどのような困難が訪れようとも互いを信じ助け合って笑顔あふれる温かい家庭を築くことを誓います。未熟なふたりですが、皆さまどうぞ温かい目で見守って下さい』


俺たち2人が誓約を終えると次は指輪交換になる。俺は柚木の左手をとる。そして優しく、ゆっくりと薬指に指輪をはめた。


次は柚木が俺の手を取り指輪を左手薬指にはめる。俺は緊張で手がガチガチになっていた。柚木はそれを分かってなのか優しく俺の手を揉んできた。するとふっと力が抜けて指輪が入った。


ついにヴェールアップの時が来た。俺は柚木の顔にかかっているヴェールを手の甲で押し上げた。ヴェールの下からは愛おしい顔が出てきた。見るだけで胸が締め付けられる。最愛の人。


柚木は少し恥ずかしそうにはにかんでいる。


「誓いのキスを」


牧師がそう言った。やばい緊張がマックスだ。俺はゆっくりと柚木の顔に自分の顔を近づけて行った。そして唇が触れるか触れないか程度のキスをした。その瞬間、会場が拍手で包まれる。


「…えへへ。恥ずかしいね」

「…あぁ」


お互い顔を紅くしていた。


これまで本当に色々あった。柚木には沢山迷惑を掛けたし俺の本当の家族はもう無くなった。でも俺にはこれからの新しい家族がある。柚木と共に作っていく家族が。だから、大丈夫。これからも辛いことや苦しいことがあるだろう。柚木となら乗り越えられる。根拠はどこにもない。でもそんな気持ちにさせてくれるのが俺のお嫁さんだ。


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ここで本編は完結です。

次の話は番外編と言うかおまけのような話です。

読まなくても問題ないので気になる方だけお読みください。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

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