耐えろ
「本当はあなた達が仲良くなれるか心配してたんだけどその様子なら大丈夫ね」
晩御飯を食べていると優子さんが俺たち3人に対してそんなことを言ってきた。
「そうなの。もう私たち仲良しなんだから」
「だから」
雅さんがそう言ってそれに杏寿菜さんが同意した。うん全くそんなことないけどね?
「緋月君も2人と仲良くしてくれありがとうね」
「い、いえ。2人には良くしてもらっているので…」
無理やり笑顔を貼り付けてそう言う。じゃないと2人の目が今にも俺を殺しそうな目になってるからな。
「そう、それなら良かったわ」
あぁ、この家で唯一俺に良くしてくれるのは父さんを除いたら優子さんだけだ…優しさが染みる…
本当に2人とも優子さんのDNAを継いでいるのかと思ってしまうほどだ。
しばらくして晩御飯を食べ終わった。
「あら、もうこんな時間」
優子さんがそう言って時計を見ている。俺も時計に視線を向けると時間は午後8時を過ぎた頃だった。
「そろそろお風呂を掃除…あ、緋月君がやってくれてるんだった!」
既に俺が風呂掃除を終わらせていたことを思い出した優子さんは少し大袈裟な程に嬉しそうに声を上げた。なんだ?風呂掃除して貰っただけでそんなに嬉しいものなのか?
「雅と杏寿菜はそんなことしてくれないから新鮮な気持ちだわ〜」
「ちょ、お母さん!」
「…」
雅さんは慌てて杏寿菜さんは都合が悪いと思ったのか黙っている。風呂掃除くらいしてあげてよ…父さんと再婚する前は女手1つであんたらを育ててたんだろ?それなら少しでも楽させてあげようよ…
「ほんと助かるわ〜。そうだ!お風呂を洗ってくれた緋月君から先に入って貰おうかしら」
「え?良いんですか?」
俺はそう尋ねる。
「当たり前よ〜。ささ、一番風呂でさっぱりしてきて」
優子さん…ジーンと目頭が熱くなるような感覚を覚えながら優子さんにありがとうと言って風呂場に向かった。
「ふー…」
体を全て洗い終わり湯船に浸かる。疲れた体を包み込むように少し熱いくらいのお湯が全身を埋め尽くす。
「あの2人が優子さんくらい優しかったら良かったのにな…」
そんなどうしようも無いことを呟く。いや、違うだろ。弱音を吐いてる場合じゃない。早くあの2人と仲良くならないと。家の中で生活しにくくて仕方ない。
指の先がふやけてきたため風呂から上がりリビングへ向かう。
「上がりました。次どうぞ」
俺がそう言うと父さんが口を開いた。
「優子、先に入ってきていいぞ」
「え〜?一緒に入らないの?」
「ぶっ!ゆ、優子?!子供たちがいる前でそんな…」
あーはいはい。ご馳走様です。めちゃくちゃラブラブじゃん。
「いいじゃん父さん。2人で入ってきなよ」
「だ、だが…」
「ほら、緋月君もそう言ってる事だし」
「う、うむ…」
父さんは頬を紅くしながら優子さんと一緒に風呂場へ向かって行った。
これでリビングに居るのは俺と姉妹だけになった。ここでなんとか距離を縮められないだろうか…
「…あ、あの」
「私言わなかったっけ?話しかけないでって」
「…」
取り付く島もない…なんなんだこの変わり身の速さは!さっきまでの態度が嘘みたいだ。もうなんか無理なんじゃないのかな。
「で、でもちょっとは仲良いところを見せないと父さんや優子さんが心配するかも知れないですよ?」
俺としてはこれは避けたい。父さん達に気を遣わせたくない。
「だからお母さん達の前では仲いいフリしてあげるって言ってるでしょ」
「…」
長女は俺に文句を言って次女は徹底的に無視。なんなんだこれ。こんなのが家族と呼べるのか?こんな家族ならいらな…は?お、俺は何を考えていたんだ?そんなこと冗談でも言っていいはずないだろ?ちょっとおかしいぞ俺。落ち着け。
「に、日常的に慣らしてた方がいざとなった時ボロが出ないかと思いまして…」
そうだ、落ち着け。落ち着いて姉妹と距離を詰めるんだ。
「ボロなんて出るわけないでしょ?何あんた私たちのことナメてんの?」
「…」
あーやばい。これはやばい。
「…す、すみません」
「はぁ…なんで母さん。こんなのが居る人と結婚したんだろ…」
「…」
…は?…は?今なんて言った?今父さんのこと馬鹿にしたのか?俺を馬鹿にするだけじゃなく父さんも馬鹿にしたのか?
「お前らっ…」
落ち着け…落ち着け…ダメだ。だめだ。感情的になるな。
「は?何?なんか文句ある?」
「…」
父さんを困らせないんだろ?なら我慢だ。我慢しろ。
「すみません。なんでもありません」
俺は笑顔でそう言った。本当はこの2人の顔が憎たらしくて仕方ない。殴ってやりたいほどに。でもそんなことしてしまったら父さんが悲しむのは目に見えている。俺はそんなことしたくない。
だから
耐えろ。
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