虫の知らせ
父さんが5月に再婚して新しい家族が増えた。あれからずっと努力した。この8月まで。父さんと優子さんがいない時にだけ見せるあの本性の時に積極的に話しかけた。もちろん2人ともに。
だが未だに話すことは無かった。結局あの2人は俺の事を家族だなんて思っていない。そろそろ疲れてきた。父さん。俺もうダメかも知れない。
「━━き!緋月!」
「…」
「緋月!ねぇ大丈夫?」
「…」
はぁ、またあの家に帰らないと行けないのか。どこかへ逃げてしまいたい。だが高校生の俺にそんな財力なんてあるはずもない。結局はあの家に戻るしかない。もちろん父さんが居るあの家は好きだ。最近では優子さんとも心の壁無しで話せるようになってきて本当の母さんだと思えるほどにあの人のことも好きだ。だがあの2人だけは無理だ。無理なんだ。声を聞くだけで鳥肌がたって吐き気を催す。もう話しかけることも少なくなっていた。
「…ねぇ」
考え事をしていると誰かが俺の肩に手を置き体を揺らしてきた。
「ん?あ、あぁ柚木か。どうしたんだ?」
「…もうホームルーム終わってみんな帰ってるよ。残ってるのは緋月だけだよ」
「あれ?なんで今日はこんな早く学校が終わってるんだ?」
おかしい。今日って何か特別なことでもあったか?
「…今日は夏休み前の終業式だよ」
「…あぁそうだったか」
そうか。今日は終業式だったのか。だからこんなに学校が終わるのが早いのか。なるほどなるほど。ははっ、学校が終わるのが早いってことはそれだけ早くあの家に帰らなければ行けないということか。はははっ。
「最近緋月おかしいよ…ずっとしんどそうな顔してる。言ったじゃん。何かあるなら相談してって」
「いや?なんにもないぞ?」
「…私たちおさな」
「なんにもないぞ?」
俺は笑顔で柚木の言葉に重ねるようにして言葉を放った。
「…相談もしてくれなくなったんだね」
「…何言ってるんだ?本当に困ってることなんてないんだよ」
「そっか…」
「帰ろうぜ」
俺は明るく柚木にそう言う。
「うん…」
あ、そうだ。柚木とどこかへ遊びに行こう。それがいい。最近柚木と遊んでなかったからな。久しぶりだ。楽しみだなぁ。
「なぁ柚木。今からどこか遊びに行かないか?」
「…やめとこうよ」
その柚木の反応は俺にとっては予想外の回答だった。今まで俺が知っている柚木は天真爛漫でよく笑って、俺が遊びに誘うとすぐに行くと返事をするようなやつだった。でも今の柚木はそんな柚木じゃない。まぁ人の性格は変わるものか。何か心境の変化があったのかもしれないしな。俺が深く考えるようなことじゃない。
「そうか。じゃあ帰ろうか」
「あっ…うん」
俺たちは隣合って歩いた。今までなら馬鹿みたいに大声ではしゃぎながら帰っていた帰り道も今はほとんど会話が無かった。まぁ今は話すのも億劫だからとくに話さなくてもいいな。
遂にはほとんど会話しないうちに分かれ道についた。
「じゃ、また明日学校で」
俺は右手を軽く上げながら柚木にそう言った。
「…明日から学校休みだよ」
そうだった。
「あぁ、そうだったな。じゃあ今度会うのは1ヶ月とちょっとした頃か。その時までお互い元気でやってようぜ」
「…うん。そうだね」
俺たちは別れ際そう言葉を交わして別々の道に向かい歩き出した。
俺は家に帰るといつもの日課を終わらせた。掃除機を掛けて皿洗いをして風呂掃除をして…そして全てが終わるとソファーに座った。どんなに体がしんどくてもこの日課だけは欠かさずやっている。父さんと母さんが喜んでくれるから。俺は心の底からあの2人のことが大好きだ。もう俺の家族はあの2人だけでいいのに…
「…あんたテレビもつけないで何してんの?」
ソファーに座って呆然としていると大学から帰ってきたのか雅さんがそう俺に声をかけてきた。
「雅さんおかえりなさい。少し疲れたのでソファーに座って休憩してるんです」
あれほど意識していた笑顔はもうやめた。無理に取り繕おうとするのは無駄だと悟ったから。だから俺は真顔で淡々と抑揚のない声でそう告げる。
「…そう。どうでもいいけど」
「そうでしょうね」
「…」
はぁ、しんどい。ため息を1つこぼす。誰かが言ってたな。ため息をすると幸せが逃げるって。それならもう俺の幸せは全て無くなっているんじゃないだろうか?
「…」
玄関が開く音がした。その方向に目を向けるとそこには杏寿菜さんが立っていた。
「…」
この人には話しかけても無駄だ。最近になってようやくそれに気づいた。だから俺から話しかけることはもうない。それがお互いにとっていい形だからな。
「…」
?どうしたのだろう。最近帰ってきてから自分の部屋に戻らなくなった。前まで俺が話しかけると嫌な顔しながら部屋に戻って行ったのに。何か心境の変化でもあったのか?まぁ俺には関係ない。
「た、ただい、ま」
これは驚いた。今まで両親がいない時には1度も声を聞いたことが無かった杏寿菜が俺に挨拶をしてきた。きっと前までの俺なら距離が近づいたと喜んでいたに違いない。でも今はそんなこと思わない。どうせこれも何かの気まぐれなのだろう。
「…おかえりなさい」
「ちょっとあんたそれだけ?」
それだけって…あんたらは他に何を期待してんだよ…
「それだけって言われても…」
「…私、戻る」
そう言ってる杏寿菜さんは部屋に戻って行った。やっと戻ってくれたか。正直1人になれる時間が欲しい。だが相変わらず長女の雅さんはリビングに残っていた。何してんだよ。お前も早く部屋に戻れよ。
「…雅さん、俺になにかようですか?」
目の前で無言で居られても居心地が悪いので俺は雅さんにそう聞いた。
「…あ、あのさ。そ、その…」
もうなんなんだよ。雅さんはどこか落ち着きがなくソワソワしている。
「ふぁ…」
俺は待っている間が長すぎて欠伸をしてしまった。
「な、あ、あんた、人が話そうとしてる時に欠伸なんて…」
なんで俺と話そうとするんだよ。あんなに俺の事を毛嫌いしていたのに。俺はお前と話すことなんてもう何もないんだよ。
「じゃあ早く話してください」
「な、も、もういい!」
俺がそう言うと雅さんはようやく自分の部屋に戻って行った。はぁ…やっとか。
俺はスマホでアラームを設定してソファーで瞼を閉じた。
次に目を覚ましたのは父さんや母さんが帰ってくる5分程前だった。スマホのアラームが俺を起こしてくれた。あの2人の熱はまだ覚めておらず、時間が合う時はいつも2人で帰ってきている。そしてその帰ってくる時間はいつも決まっている。だから俺はあの2人が帰ってくる5分前にアラームを合わせているのだ。
目が覚めたとはいえ何もやる気が起きない。ぼーっとしていると父さんと母さんの2人が帰ってきた。
「おかえり2人とも」
俺は2人にそう言う。すると2人もそれに言葉を返してくれた。
「ただいま」
「ただいま〜」
そしていつも通り母さんが晩御飯を作り出す。そう思っていたのだが今日は違った。
「優子、2人をリビングに呼んできてくれ」
「あ、そうね。あの話をしておかないと」
あの話?俺はなんだかとても嫌な予感がした。これが虫の知らせと言うやつか?そんなもの起きなければいいのたが…
リビングに家族全員が集まった。
「父さん、母さん。どうしたの?」
俺は2人に問いかける。
「…実はお前たちが夏休みの間、優子と2人で海外旅行に行きたいと思っているんだが…いいか?」
あぁもう最悪だ。虫が核爆弾を持ってやってきた。この家で父さんと母さんがいないなんて…
「…」
俺が答えられないでいると雅さんが声を出した。
「いいじゃん。2人で行っておいでよ」
てめぇ何勝手なことぬかしてやがる。
「おいでよ」
てめぇもか次女。ふざけんじゃねぇ。こんな雰囲気じゃ俺1人が行かないでくれなんて言えるわけないだろ。
「…うん、そうだね。2人の言う通り夫婦水入らずで楽しんでおいでよ」
でもやっぱりこの2人には幸せでいて欲しい。それは今も昔も変わっていない。
「ありがとうな、お前ら」
「お土産沢山買ってくるからね」
はぁ、今から夏休みが憂鬱だ。
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