車内
次の日俺はスマホのアラームがなる前に目が覚めた。時刻は朝6時。…楽しみすぎて目が覚めたか?遠足に行く前の小学生みたいだな。俺は苦笑いしながらも、もう一度寝る気になれずにベッドから体を起こした。
「…まだ時間あるな」
俺は洗面台に向かい、買ってから1回しか使ったことの無いワックスを取り出した。そしてスマホでワックスの付け方を見ながら見よう見まねでセットしていく。
「これは…ちゃんと出来ているのか?」
鏡に映った自分はかっこいいのかそうでないのか判断できない。
「まぁいいか」
少なくとも変だと言うことはないと思う。俺の主観でしかないが…
ワックスを付け終わったらもう一度自室に戻ってクローゼットを開く。そこから服を取り出し全身が映る鏡の前に移動して似合っているか確認する。
「こっちか?いや、こっちか?」
30分ほどかけてようやく決めた服装は無難にポロシャツとデニムと言うカジュアル系の服装にした。
この時点で起きるはずだった7時。後1時30分くらい余裕があるな…朝ごはんでも作るか。
そう思い立ってキッチンに向かう。リビングには誰も居なかった。2人ともまだ寝ているんだろう。
俺は冷蔵庫からウインナーと卵を取り出した。そしてウインナーをフライパンへ。焦げ目がついてきたら皿を取りだしてそこに盛り付ける。ウインナーを焼き終えたフライパンに卵を落としてスクランブルエッグを作る。これだけで結構いい感じに見えるな。
…あの2人、料理出来ないって言ってたな。食べるか食べないかはあの2人次第だ。罵倒にも近い言葉をかけてきた男が作った料理なんか食べたくないかもしれないが食べなければ放っておくだろう。
俺は2人の分を作ってラップをかけて冷蔵庫にしまった。
朝ごはんを食べ終わって時刻は午前8時15分。少し早い気もするがそろそろ行くか。
俺は皿をキッチンに置いて玄関から外に出た。洗い物は帰ってきてからやろう。
10分ほど歩いて柚木の家についた。そこには既に柚木がいた。
「俺時間間違えたか?」
俺はそう言いながら柚木に近づいた。
「ち、違うよ!た、ただ私が早すぎただ…」
柚木は途中まで慌てて声を出していたが俺を見ると声が小さくなっていった。
「どうしたんだ?」
「…緋月、今日かっこいいね」
柚木はどこかぼーっとしながらそう言ってきた。
「お?そうか?柚木も似合ってて可愛いぞ」
「か、可愛い?そ、そう?えへへ…」
柚木は真っ白なワンピースを着ていた。締め付けられた腰が柚木の体のラインを強調している。うん、可愛いな。
「どうする?ちょっと早いけどもう行くか?」
「可愛い…えへへ…」
柚木はまだぼーっとしていた。
「おーい」
柚木の目の前で手を上下に振る。
「はっ!な、何?」
ようやく柚木はこっちの世界に戻ってきた。
「もう行くか?」
俺はもう一度柚木にそう聞いた。
「う、うん!行こっか」
だがここから遊園地まではかなり時間が掛かる。タクシーでも使うのか?それならどこかで捕まえないと…
そんなことを思っていたのだが柚木は玄関の扉を開けて中に声をかけた。
「お父さーん!もう行くから出てきてー!」
ん?なんで柚木は父親を呼んでるんだ?
数秒後、中から柚木の父さんが出てきた。名前は裕二さん。
「やぁ緋月くん。久しぶりだね」
「お、お久しぶりです」
裕二さんはとても優しそうな見た目をしている。見た目だけではなく本当に優しい。
「それじゃ乗って」
そう言って俺たちを車に乗るように促してきた。言われるままに車に乗り込んだ。
「じゃあ行くよ」
裕二さんの一言で車は走り出した。
車の中では3人で談笑していた。だが途中柚木が寝てしまってかなり気まずい状況になった。なにか話題がないかと逡巡していると
「…大変だったね」
不意にそう言われた。
「…はい」
俺はただそう返すことしか出来なかった。
「僕は緋月くんのことを自分の息子のように思っているんだ」
これはきっと小さい時よくお互いの家を行き来していたからだろう。
「だからそんな君が苦しんでいると知ったら黙っていられなくてね」
「…どうしてそこまで」
俺には理解出来なかった。よく遊んだと言ってもそんなの小さい頃の話だ。それだけの関係の俺をここまで良くしてくれるものだろうか?
「…君は覚えていないかもしれないけど小さい頃の柚木は極度の人見知りでね。誰にも心を開かなかったんだ。でもそんな柚木に諦めずに話しかけてくれていたのが君なんだ」
覚えている。あれは本当に小さい頃だった。確か小学生になりたての頃だったはずだ。教室でずっと1人でいた柚木に「なんで1人でいるの?」と聞いた。今思えば無神経な質問だったと思うが、あの時の俺は何も考えていなかった。だから「放っておいて」と言われてもしつこく話しかけていたんだっけ。
「…でもそれだけで」
「でもじゃないんだよ。柚木は君と関わるようになってからどんどん社交的になっていった。それが本当に嬉しくてね」
裕二さんはどこか懐かしむようにそう言った。
「だから君には感謝しているし恩を返させて欲しいんだよ」
「…ありがとうございます」
ここで食い下がるのは違う。それは裕二さんの厚意を無下にしてしまう。
「うん、困ったことがあったらなんでも頼って。力になるから」
「はい…」
俺は1人静かに涙を堪えていた。
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