決意(柚木視点2)
緋月に何度かアドバイスした時から数ヶ月が経った。今日は夏休みに入る前の終業式の日だ。
体育館で先生達の話を聞いて教室に戻り担任の先生が軽く話してから放課。私は帰ろうと思って準備を始めた。でもある光景が目に入って手を止めてしまった。
もう放課になったというのに緋月が少しも動かない。一点を見つめてぼーっとしている。心配になった私は帰る準備を素早く終わらせて緋月に近づいた。
「緋月!緋月!」
「…」
緋月は反応しない。
「緋月!ねぇ大丈夫?」
「…」
まだ緋月はぼーっとしている。緋月の様子から無視しているわけではないのだと思う。なら緋月には私の声が聞こえてないの?
「…ねぇ」
私は悲しくなって緋月の肩に手を置いて体を揺らした。
「ん?あ、あぁ柚木か。どうしたんだ?」
するとようやく緋月は私の存在に気がついた。本当に気づいてなかったんだ…
もう教室には誰も残っていなかった。
「…もうホームルーム終わってみんな帰ってるよ。残ってるのは緋月だけだよ」
「あれ?なんで今日はこんな早く学校が終わってるんだ?」
おかしい。明らかに緋月の様子がおかしい。
「…今日は夏休み前の終業式だよ」
私は緋月にそう伝えた。
「…あぁそうだったか」
緋月は本気で分かっていないようだった。てことは今日1日ずっとぼーっとしてたってこと?それ普通じゃないよ。
「最近緋月おかしいよ…ずっとしんどそうな顔してる。言ったじゃん。何かあるなら相談してって」
最近は私に相談してくることも無くなっていた。嫌だ。私は緋月に必要とされたい。
「いや?なんにもないぞ?」
緋月がなんでもない事のようにそう言った。
「…私たちおさな」
「なんにもないぞ?」
幼馴染でしょ?そう言い切る前に緋月が私の言葉を潰した。これ以上は聞くなってこと?
「…相談もしてくれなくなったんだね」
前までの緋月なら遠慮がちでも相談してくれた。でも今の緋月は…
「…何言ってるんだ?本当に困ってることなんてないんだよ」
やっぱり相談してくれない。私を頼ってくれない。
「そっか…」
私はそう返事することしか出来なかった。
「帰ろうぜ」
「うん…」
そう言われて私は返事をする。
そしてその少し後に緋月が思いついたように声をかけてきた。
「なぁ柚木。今からどこか遊びに行かないか?」
緋月にこうして遊びに誘われるなんていつぶりだろう?本当なら笑顔で返事して一緒に遊びに行きたい。でも今の緋月とはダメな気がする。
「…やめとこうよ」
私がそう言うと
「そうか。じゃあ帰ろうか」
緋月は特に理由を聞くわけでも、食い下がる訳でもなくただそう言った。
「あっ…うん」
もしかして一緒に遊んだ方が良かったのかな…そうすれば何か変わったのかな。そう思ってももう遅かった。緋月はそれ以降私に話しかけることはなく、私から話しかけても一言二言話しただけで話が続かなかった。
長くも短くも感じた2人の下校は私たちが分かれ道についたところで終わりを告げた。
「じゃ、また明日学校で」
緋月がそう言ってくる。
「…明日から学校休みだよ」
だから私はただそう訂正する。
「あぁ、そうだったな。じゃあ今度会うのは1ヶ月とちょっとした頃か。その時までお互い元気でやってようぜ」
つまり夏休み中も会わないってこと?そんなの嫌だ。
「…うん。そうだね」
でも私はただそう返事した。なんだか今の緋月には何も言えなかった。
そして会話はそれだけで私たちは別々の方向を向いて歩き出した。
緋月と別れて1人で家までの道を歩いていると不意に涙が目からこぼれ落ちてきた。
「あ、れ?」
おかしいな。なんで急に涙が…
もう緋月は私のことを頼ってくれないのかな。もうあの時の笑顔を見せてくれないのかな。しんどい時に相談してくれないのかな。
そう思うともうダメだった。1度も溢れ出した思いは留まるところを知らず津波のように押し寄せてくる。
「なんで?なんでそうなっちゃったの?」
誰に聞いているのかそんな質問をしたところで誰も答える訳がないのに私はその言葉を口に出した。
私はあの頃の緋月と一緒に過ごしたい。今の緋月は嫌だ。どこか諦めたような目で上手な作り笑いを浮かべる緋月は。
緋月は作り笑いなんて上手じゃなかった。嘘が下手ですぐ顔に出てしまう人だった。でも今は感情がほとんど顔に出ない。ほんとに感情を隠すのが上手になった。
私はそんな緋月を好きになったんじゃない。どうして?
私は泣きながらもあることを決意した。
「決めた。私、夏休みの間に緋月を元に戻してみせる」
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