第12話 夏の日に鷦鷯と(2)

 「大王おおきみというのは」

と姫が言う。

 姉姫に聞いた話を使うことにする。

 「ときには、あめしたみつぎめて、自らは壁も破れて雨漏りのする宮居みやいに住まうのをいとわない、そういうものなのじゃないの? それができなければかえって世のなかが乱れるよ」

 鷦鷯さざきは顔色を変えた。

 さっき置いた筆を取り上げて、そのまますずりたたきつける。墨の飛沫しぶきが高い机の上に飛び散った。

 「そんなこと……!」

 そんなに怒るほどのことだろうか?

 それと。

 ふと思ったのは、鷦鷯は、自分の名のもとになったいにしえの大王についてどこまで知っているのだろう、ということだった。

 姫は調べた。

 うめ石上いそのかみの神の宮に行ってもらって聴いて来させようとしたら、姫が自分で来ないと教えないと言われた。それで、あらためて姉姫に連れて行ってもらって、神官つかさの話を聞いた。梅も強弓よしみもいっしょだった。

 それで、そのおお鷦鷯さざきのみことだけではなく、大鷦鷯命のちちぎみ誉田ほむたわけのみことや、誉田別命のははぎみ息長おきなが足姫たらしひめのみことの話もきいた。その息長足姫命がからの国を討ち、それで百済くだらからこの石上の宮に七枝ななえの刀がもたらされたという話だった。

 大鷦鷯命が、草香くさかを海とつなぐ堀江ほりえを掘られたり、長いつつみをお造りになったり、という話だけでなく、その大鷦鷯命がえにしを得た娘たちを次々にきさきにしようとした話もきいた。そのたびに大后おおきさき葛城かつらぎ磐之姫のいわのひめのみことが別れさせていたという。その話を聞いて、姫は笑わなかったが、姉姫は声を上げて笑っていた。

 「それだけ女をきつけるお方だったってことだよ。それでこそ大王おおきみにふさわしいと思わない?」

と姉姫は言っていたが、姫にはよくわからなかった。強弓よしみは姉姫といっしょに笑っていたが、梅もよくわからなかったらしい。

 「女はしきものだ」

 その声に、姫はその思い出から引き戻される。

 はい?

 目にあるかぎりの力をこめて鷦鷯さざきが姫をにらんでいる。

 姫はすぐに答えることができない。

 「悪しきもの」って……。

 鷦鷯が続ける。

 「その昔、いんの国のちゅうというきみは、もともとしっかりした勇敢な王であったのに、妲己だっきという女を愛したために、その言うことを聞いて暴虐ぼうぎゃくの限りをくし、国を滅ぼした。しゅうの国の幽王ゆうおうも、褒姒ほうじという女を愛し、この女を喜ばせようとして愚かなことを繰り返し、国が危地きちおちいっても臣下がだれも助けてくれず、やはり国を滅ぼした」

 文人ふみひとらに習ったばかりのあやの国のことばを、言い慣れてもいないのにしいて使おうとしているのが、見ていておもしろい。

 おもしろいのは、おもしろいのだが。

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