第7話 春日の桃

 「和珥わにとついだ姉君からこの早生わせの桃を届けてきた。父君と母君には黙っているように、とのことだ」

と食べながらしゃべっている姉姫のありさまのほうが御言持ちの強弓よしみよりもいやしく見える。

 姫は上目づかいでその姉姫を見る。

 姫と姉姫の上には、もう一人、高橋たかはし郎女のいらつめという姉がいる。姫は、呼び分けなければならないときは、この高橋郎女を「大姉おおあね」と呼んでいた。

 く。

 「大姉君はおすこやかにお過ごしなのですか?」

 「ま。健やかかも知れんが、つかれちゃいるだろうね」

 ふふふん、と笑う。

 「何せ、あの母君の里だからね」

 それでありさまがわかってしまう。

 いいことなのかどうか。

 この姉と妹、それに鷦鷯さざきも、みな同じ母の子だ。

 母の父はさっき父大王おおきみが言っていた幼武わかたける大王のおおきみ、母の母は和珥わにのおみやからの出だという。

 ただし、その母の母は、和珥臣の族のなかで、それほど位の高い娘ではなかった。和珥臣の家から「ささげられる」という形で幼武大王のところに来た女だったらしい。

 しかしお美しい方だった。それで幼武大王の目に留まり、妃の一人となって、姫の母、春日かすがのきさきを産んだ。

 その和珥臣というのはこの大和の野で古くから勢いのある族だ。

 氏としての位も高い。葛城かつらぎ吉備きびなど、ほかのおみどもまでが恐れる物部もののべのむらじですら和珥臣の族には敬いの心を捧げていると聞いた。

 大姉の高橋郎女がその和珥の族にとついだ。いまは、那羅ならやま佐保さほの手前、春日かすがというところの屋敷に住んでいる。

 母の春日后の名はこの春日というところの名にちなんでいる。母としては、この大きい姉に和珥や春日とのえにしをつないでほしいのだろう。

 姫はまだその春日まで行ったことはない。

 「それにしても」

 大姉ではない姉の財姫たからひめはもう小桃を食べてしまった。

 「貧しき民は麦を食えとは」

 言って、ふふん、と笑う。

 「西の方の民が言いそうなことを言う」

 含むところがありそうな顔で姫を見る。

 西の筑紫ちくしのほうは稲の田が多い。大和で稲を作るようになるもっと前から稲を作っているからと聞いた。

 そういうことだろうか。

 それにはこだわらないことにする。

 「だって」

 姫はまだ桃をかじっている。

 「わたしたちだって、播磨はりまにいたころには日ごろは麦を食べていたではないですか。米ばかり食べるようになったのは大和に来てからですよ。あのころは、父上が自分で麦をいて、それでふすまだらけで真っ黒で」

 まだ小さかった姫たちが飯をねだる横で、

「もう少し待てよ」

と大きな声で言って麦のからをはずし、麩を取っていた。

 いま思えば、娘らが急がせるから麩取りがまともに終わらないままかしていたのだろう。けど、そのころの娘たちにはそんなことはわからなかった。それでも父は「おまえたちが急がせるから悪いんだ」とも言わずに、笑っていた。

 姫は続ける。

 「父上は変わってしまわれましたね」

 あのころは、弘計うぉけのみこと同じように、よく笑い、よく人を楽しませ、心のままに生きている父だった。

 それなのに。

 「母上は変わらないけどね」

 姉姫がまたくすりと笑って言う。いやなことを言う、と、姫は口を結んで姉を見返す。

 その唇から桃の汁がれそうになるのが、さまにならないけれど。

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