第6話 御言持ち

 国見くにみの終わったあと、姉の財姫たからひめ御言みことちの女を連れて姫を訪ねてきた。

 御言持ちというのは姫のいちばん近くに仕えるつかだ。

 姉の御言持ちは名を強弓よしみという。文字では「強い弓」と書くらしい。

 「強い弓はよい弓だから」

と言って、気もちよさそうに大笑いする女だ。吾妻あづまの国から来たという。歳は姉姫よりもさらに少し上だと姉姫が言っていた。その名のとおり弓がうまく、その身のたけほどもある弓をよく引く。

 もっとも、姫はこの女が弓を引いているところをその目で見たことはないが。

 姫も姫の御言持ちを召して、姉を迎えた。

 姫の御言持ちはうめという。年のころは姫と同じくらいで、播磨はりまにいるころから側に仕えてくれていた。

 梅という名にふさわしい、見るからに美しくて清らかな娘だ。せていて弱そうに見えるのだが、足は速く、しかも遠くまで駆けとおすことができる。

 御言持ちとはことばを一つのまちがいもなく伝える者を言う。この梅は、その足の速さで、姫のことばを、すばやく伝えるべき相手に伝えてくれる。

 御言持ちは、ことばをあやまたず正しく伝えるということで神に近いとされている。梅はさらにすばやく伝えてくれるので、頼りになる御言持ちだ。よほどしっかりした神様がついてくださっているのだろう。

 御言持ちの娘の前ではおそれ多いということで、ほかのはしためたちは戸の外に退がっている。

 婢を遠ざけるために、姉姫はわざと御言持ちを連れてきたのだ。

 婢をとおして、姫と姉姫のことばが父母に漏れるのを避けるために。

 姉姫は姫の向かいに腰を下ろすと、御言持ちの強弓よしみに持たせて来たかごから小さい桃を取って、姫に投げてよこした。投げて来るとは思わなかったので驚いたけど、姫もうまく膝の前で受け取った。

 もう一つ投げてきたので、それも受け取ってそのまま梅に渡す。姉姫は自分も一つを強弓に渡し、神様に唱えことばを言ってその桃にかぶりついた。

 こんな食べかたは、いまの父の前ではできない。

 もちろん、母の前でも。

 姫は姉よりももうすこしおとなしくその桃を食べ始める。硬い実だったけれど、瑞々みずみずしくて、のどかわいていた姫には嬉しかった。

 姉姫と妹姫が食べ始めたのを見て、それぞれの御言持ちの少女おとめたちは自分の主たちに唱えことばを言って、もっとつつしまやかに食べ始めた。

 いや。

 梅はほんとうにつつましく食べているが、強弓は汁を腕にらしながら大口を開けて食べている。それでもありさまが卑しくならないのは、この娘も神様に守られた御言持ちだからか。

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