第15話 大王とその娘(1)

 さきが姫とともに大宮おおみやの間に入る。

 父大王おおきみはいない。

 いつものことで、朝のまつりごとが終わって、むらじとどこかで話しているのだろう。

 朝の政で決めきれなかったことを話すために。

 母の大后おおきさきだけがいた。

 「下がりなさい」

と母は幸に言う。

 白いやいばがひらめくような鋭いことばだった。幸は何もこたえず、しずしずと後ずさりしてその間から下がる。

 これはつらいことになりそうだと姫は思う。

 だが、初めから

「おまえなど死ぬがよい」

と、あらん限りの憎しみをこめて言われて、かえって心が落ち着いた。

 胸のなかからはどくどくと打つ音が耳ざわりなくらいに耳に届くけれど、心は落ち着いた。

 「そうはおっしゃっても、わたしをお産みになったのは母上ですよ」

 「その母が死ぬがよいと言っているのです」

 母は繰り返す。姫は返す。

 「いやです」

 これで、母が刃を持って襲いかかってきたりしたら、姫には何もできない。

 だが、姫が血を流し、大王の大宮をけがれにまみれさせたら、どんなことになるか。

 少なくともこの大宮の建物は使えなくなる。

 もっとも、ここで捕らえさせ、縛って外に連れて行って殺す、ということはできるが、捕り手も兵もひそんでいる気配はなかった。

 「何が、いやです、ですか」

 それはもちろん、死ぬのはいや、と言っているのだが。

 繰り返してもしかたがないので、黙っている。

 母が言いつのる。

 「鷦鷯さざきがようやく学ぼうとしているのですよ。それをさまたげようとするなど!」

 「ようやく」というのは、その平群へぐりのおみの姫を追い回すのをやめて、ようやく、ということだとわかったが。

 言わずにおく。

 それよりも、母がそう言うなら、姫にも言うことがある。

 「先に、父上は高祖たかつおやおお鷦鷯さざきのみことのお話をなさって、大王おおきみたる者の持つべきこころをお教えくださいましたよね? 民が貧しさに苦しんでいれば、大王の宮が荒れ果ててもみつぎめて民のために尽くされた、と。ところが、鷦鷯は、きみたかたみひくく、そうでなければ世は治まらぬなどと言うのですよ」

 「おまえなどの知ったことではない!」

 母がまた声を荒らげる。

 「鷦鷯はとうときみになるのです」

 ここで母は口を強く結んだ。

 口を結んで姫をしばらくにらみつける。

 言う。

 「鷦鷯はわが父泊瀬はつせ幼武のわかたける大王のおおきみのように尊き大王になるのです」

 わざと姫に向かって姫が腹を立てるであろうことを言っているのはわかった。

 わかったうえで、乗る。

 思い切って、あなどっているような言いかたをしてみる。

 「父大王の父王ちちぎみりに誘い出し、だまして殺した、その幼武大王のように、ですか?」

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