第21話 幼武大王の影(4)

 しかし、自ら産んだ娘に「死ぬがよい」などと言う母を「わかった」ところで、どうすればよいのか。

 姫は膝の上に置いた手を体の近くに引き、胸を張って顔を上げた。

 横でうめも同じように顔を上げる。

 父にく。

 「ところで、母上は、父王ちちぎみのお父上、市辺いちべ押磐のおしわのみこ幼武わかたける大王のおおきみたばかって殺そうとなさったとおっしゃいました。これはまことのことですか?」

 父王は

「ふん」

と鼻を鳴らした。

 この石上いそのかみに来てから、父大王おおきみがそんなところを見せたことは一度もなかったと思う。

 けわしい顔で、父大王が言う。

 「この父はその押磐王の亡骸なきがらを見てきたのだぞ」

 脅すように。

 「吾妻あづまの国から来たという佐伯さえき売輪のうるわという舎人とねりが押磐王を守ろうとして取りついて、そのまま殺されておった。身がち果てて骨になってもその骨が離れないくらいにしっかりと取りついて負った。謀叛むほんだか何だか、罪があらわれておおやけられたのなら、そんな姿にはなるまい」

 姫が言う。

 「そのことは、弘計うぉけのみこ様からも置目おきめおうなからも聞きました」

 置目の嫗というのは、叔父の弘計王が大王おおきみだったころに宮にいた嫗だ。

 近江から、その押磐王の亡骸が葬られたところを知っていると言って都に出て来て、ずっと弘計うぉけ大王のおおきみの宮に住まいしていた。

 ずいぶん年を取った女の人だったが、弘計大王が開いておられたうたげには、姉たち、それに弘計大王の大后だった難波なにわ小野のおののきさきといっしょに出て、まだ幼かった姫を楽しませてくれていた。

 あのころは楽しかった。

 その後、いよいよ足が立たなくなったからと近江に帰って行ったのだが。

 弘計大王はその置目の嫗ととても親しくしておられた。日々、その宮に置目の嫗が訪ねてくるのを待ち、難波小野后もいっしょにずっと話をしておられた。

 置目の嫗がいなくなってからは、弘計大王はずっと心ふさいでおられるようだった。

 「置目か」

 父大王が言う。

 姫は驚いた。

 冷たい言いかただったからだ。弘計大王が置目の嫗の話をしていたときとはまったく違う。

 たしかに、弘計大王が置目の嫗と親しげに話しておられるあいだ、父億計おけのみこは、同じところにいてもずっと黙っておられて、その話に加わろうとはなさらなかった。

 父大王は置目の嫗が嫌いなのか?

 でも、行方がわからなくなっていた押磐おしわのみこ亡骸なきがらが見つかったのは、この置目の嫗のおかげだ。

 嫌いになるなんて、わけがわからない。

 「まあいい」

 父大王は言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る