第9話 大鷦鷯命(2)

 「それだったら、大和やまとの野の北の端から南の端まで、ってことになるじゃないですか!」

 「大和の野の南の端はもっと遠いけどね」

 姉は笑って受け流す。

 「でも、まあ、それぐらいの大仕事をやったわけ、というか、民を使ってやらせたわけ、そのおお鷦鷯さざきのみことは。おかげで、草香くさかは港としても良い港になったし、まわりに田も開けて、河内かわちの国も豊かになった。その河内につながる大和の国も豊かになったけど」

 姉はここでことばを切る。

 「その大仕事のおかげで民がつかれて貧しくなってしまって。大鷦鷯命が高いところから野を見回して、村々から飯をかまどの煙が立っていないのに驚かれて、その大仕事が終わったところで民のみつぎ三年みとせのあいだ止められた。それで、三年みとせが経って、もういちど高いところに登って野を見回したら、民の竈から煙が立ってるのでよろこばれた、という、そういうお話」

 「ふうん」

 姫がそんな声を立てても、こんどは姉姫も笑わない。

 姉姫が続ける。

 「その税が入らないあいだ、宮居みやいも破れ果てて雨漏りもひどいままだったって伝えられてるけど、おお鷦鷯さざきのみことの宮はその草香くさかの港のところにあったのだから、たとえその三年のあいだ港からも税を取らなかったとしても、そのぶんは、あとで、豊かになった民から、取らなかったのを上回るたからが宮の大蔵おおくらに入ってくる、それで取り返せる、ということはわかってらしたんでしょう」

 「そんなの」

と姫が言い返す。

 「民がそんなにつかれないように、食べるものもなくならないように、その大仕事をなさればよかったのでは?」

 「川につつみを造るんだよ?」

 姉姫も言い返す。

 「ゆっくりやってたら、きずき上げた土が水にひたされて泥になって流れてしまうでしょう? だからどうしても短いあいだに仕上げないといけなかったの」

 それもそうか、と思う。

 「だからこそ民につかれる仕事を強いたわけだよね。でも、それで、そのままにしておいたら民がきみを恨むのもわかってらした。だから、三年みとせのあいだ、みつぎを止めて、民思いの王であると見せられた」

 姉姫は軽く頭をかしげて見せた。

 「そのおお鷦鷯さざきのみことから何か学ぶとしたら、そういうまつりごとたくみさ、かな。民のために良いことをやって、そのためには民を労れさせることもあえてやって、でも、労れた民に王が恨まれずにすむように政を運んで行く。それでこそなかくに大王おおきみだ、と」

 姉姫は、そう言って、姫をじっと見た。

 何だろう?

 中つ国とは、世のまんなかにあって、世の隅々まで治める国、ということらしいけど。

 姉姫が問う。

 「父上があんなふうに鷦鷯さざきを育てて、人に慕われるそんな中つ国の大王おおきみになると思う?」

 これにはすぐに答えられる。

 「思わない」

 そう答えると、姉姫はさっきよりずっとはっきり、大きい声で笑った。

 そんなに笑うと、戸の外に出ているはしために聞こえてしまうのではないだろうか。そう思うほど大きく笑った。

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