第2話 石上

 やがてその弘計うぉけ大王のおおきみが亡くなり、姫の父億計おけのみこ大王おおきみとなった。

 何もかもが変わった。

 都は明日香あすかの開けた場所にあった八釣宮やつりのみやから石上いそのかみに移った。

 弘計大王のきさきだった難波なにわ小野のおの大娘のいらつめ様はそのまま明日香に残られた。

 しかし、姫は、宮を移るのはいやだから明日香に家をたまわりたい、なんて言って相手にしてもらえる歳でもなかった。だから姫も父大王おおきみに付き従って石上に移ってきたのだが。

 「なんで石上なんだろう?」

 姫がそのわけを父にたずねると、父億計大王は

「ここには布都ふつ布留ふるとの神様がおわす」

と重々しく答えた。

 「それに、息長足姫おきながたらしひめのみことからの国をお討ちになったとき、百済くだらの王からささげられた七枝ななえの刀がここにある。百済との関わりが難しくなったいま、石上の神様の御霊みたまの力に守っていただかなければならぬ」

 姫は

「はい」

と答えておくしかなかった。

 それ以上話しても、もっとよくわかる話をしてもらえるとは思えなかったから。

 でも、姫にはよくわからない。

 西に遠くまで行ったところ、姫の生まれた播磨はりまはもちろん、吉備きびの国よりも筑紫ちくしの国よりもさらに遠く、筑紫から海を北に渡ったところに、百済とか任那みまなとかいう国がある。

 石上に伝わるその七枝の刀を捧げたのはその百済という国のきみだ。その国では王を「こきし」というらしい。鷦鷯さざきの周りにいてその学問とかいうものの相手をしているあやのあたえの人たちも、その遠い祖たちは百済から来たという。

 百済や任那のさらに北には高麗こまという国がある。

 この高麗が百済の国に攻め込み、そのこきしたちを殺し、荒々しさをほしいままにして回った。

 百済は南に都を移して持ちこたえた。

 持ちこたえたのはよいが、北で土地と民を失ったかわりに、南の任那へと勢いを拡げてきている。

 大和は、その息長おきなが足姫たらしひめのみことのころから、韓の国のなかでもことに任那と深く交わりを持って来た。それは百済も知っているはずだ。それでも百済はその任那へと勢いを拡げるのを止めない。

 それで、なのかどうかは知らないが、ここのところ任那の国との関わりも当てにならなくなってきた。

 それは姫も知っていた。

 だが。

 そんな遠い国のできごとで、宮居みやいを移したりするものだろうか。

 姫にはわかってきていた。

 「守ってほしいっていうのは、神様っていうより、のむらじでしょ?」

 声に出すことはしなかった。

 声に出せば、その声はいつかは世に広まるかも知れない。少なくとも神様はきいていらっしゃるのだ。

 でも、まちがいないと姫は思う。

 目連とはこの石上いそのかみを治める物部もののべのむらじおさだ。

 この目連は多くのつわものを動かすことができる。兵というのは、人の兵も、またほこつるぎや盾といった道具もだ。目連はそのどちらも豊かに持っていて、いつでも動かすことができる。

 同じように兵を引き連れているむらじ室屋むろやのむらじがいる。室屋連は大伴おおとものむらじの長だ。

 億計おけ大王のおおきみは、この目連と室屋連に頼り切るつもりだ。

 頼り切って、大和の国の内では、いつ大王に逆らうかわからない葛城かつらぎ平群へぐり巨勢こせといった者たちを治める。遠く吉備や筑紫や任那や百済を治めるにも、大伴と物部の兵たちの力をあてにしている。

 そういうので、いいのかな?

 姫にはよくわからない。

 少なくとも、弘計うぉけ大王のおおきみはそういう考えはしていなかった。

 むしろ、弘計大王は目連も室屋連もあまり側に近づけようとはしなかったものだ。

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