第3話 大和の野

 石上いそのかみの宮は山の中ほどにある。

 神の土地だから木を切るのははばかられるということで、宮居みやいのまわりも林のままになっている。

 庭に池がないかわり、宮の庭の端の高いところまで行けば大和やまとの野が見わたせる。

 晴れた日には見晴らしがいい。

 北には那羅ならやまが見える。

 向かいには生駒いこまから南へ山並みが続く。その南は葛城かつらぎだ。この生駒から葛城に続くあたりが、葛城かつらぎのおみ平群へぐりのおみ巨勢こせのおみといったうじたちの住まうところだという。

 この氏たちの住まうあたりは、よく晴れた日にも薄いかすみがかかって、その向こうに見えた。

 遠いから霞がたなびくのか、このおみたちのやからの何かくすしい力がその霞をなびかせているのか。

 もっと南に見える山は吉野よしのだという。吉野の手前には、少し前まで住んでいた明日香あすかも見えるらしい。

 姫にはどこが明日香かはわからない。わからないというより、知るのを避けて来た。

 なぜかは自分でもよくわからない。

 明日香より東、石上の山並みに連なった南には、大王である者の守り神、大王が恐れうやまわなければならないという神の宿る三輪みわの山がある。

 三輪の山の向こうには東へと続く谷筋が広がっていて、そこに泊瀬はつせというところがある。ここからは見えない。

 三輪の山の手前、石上より少し南の地がもともと「やまと」と呼ばれた地だという。

 この野から、春日かすが、石上、三輪と連なる山のへの入り口ということで、山のと言われたのが始まりと姫はきいた。

 大王はおやをさかのぼれば天の上の神様だけれど、いまのもろもろの大王の祖は御間城みまき入彦いりひこのみことという方だ。この昔の「やまと」が、その御間城入彦命がお治めになったところだという。

 いまでは、この野のすべてが大和になり、さらには、播磨はりま筑紫ちくしまで大和というようになった。

 この大和の野のまんなかを春日や小佐保おさほのほうから流れてきた川が南へと流れる。ときにその川が日の光を照り返して白く鋭い光を放つ。野のところどころには、沼や、沼につつみを築いて造った池、川の水を導いて造った池の水面も見える。

 野は、いまも鹿や猪の住まう草地や森と、切り開かれて田になったところ、畑になったところが混じっている。

 その田や畑の近くに民が集まって住んでいる村がある。

 切り開かれた野には、民が稲を植え、それが育ち、というありさまがよく見えた。

 豊かな国。

 青い山々に囲まれた、見ていていつまでもきない国。

 大和は、そういう国だ。

 姫は、めぐり合わせで、その大和を治める大王の娘ということになった。

 なってしまった。

 もう播磨で村の子らと土の上を裸足はだしで走り回っていた娘には戻れない。

 村の子らを、いや、その親たちも含めて、天の下の民を上から見下ろす。そういう者になってしまった。

 そういえば、と、姫は国見くにみをした日のことを思い出す。

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