第4話 民の竈(1)

 夏の初めごろに日を占って、姫は、父の大王おおきみ、母の春日かすがのきさき、姉のたからひめに呼ばれて、宮居みやいの高いところに出て、弟の鷦鷯さざきとともに国見くにみをした。

 夏の初めのころだから日は長い。

 日は西に傾いてもまだ盛んにその光を地に注いでいた。

 そこに揃った親子五人で、かんなぎたち巫女みこたちを従え、天の神地の神に唱えの歌をささげた後、父大王がいわくありげに言った。

 「そろそろ夕餉ゆうげの頃合いだ」

 母と姉は、姫を素通りして、まだ小さな鷦鷯に目をやる。

 大王が続ける。

 「民の住む村々を見てみよ。鷦鷯よ、何が見える?」

 何が見える、と言ったところで。

 家が見えて、家のまわりの庭や広庭ひろばが見えて、田が見えて、畑が見えて。

 でも、村というのはそういうものだ。だから、父が「村々を見てみよ」と言って、そういう答えを待っているのでないことはわかる。

 鷦鷯もわかるのだろう。だから、鷦鷯は、その大きくかわいらしい目をきょろきょろさせて、困っている。

 もし、いつもいっしょにいるあやのあたえ文人ふみひとがいまも付きっているのならば、鷦鷯はこんなに困りはしなかっただろうが。

 父が横目で鷦鷯を見て、軽く眉をひそめた。

 姉の財姫が、父母に気づかれぬように、そっと姫に身を寄せた。

 そっとささやく。

 「たみかまどの煙、と言っておあげ」

 はあ。

 それは、たしかに、夕飯ゆうめし時だから、民は竈を焚いて、村からはその竈の煙が漂っている。

 ゆるい風に流されて、同じような向きに流れているのだが。

 それがどうしたのだろう?

 そうは思ったけど、父と母が目をそらした隙に、姫は鷦鷯の後ろに軽くかがんで、その耳もとに

「竈の煙」

と小声で伝えた。

 鷦鷯は、なぜ言わなくていいことを言うんだ、とでも言いたげにけわしく姫をにらむ。

 しかし、それにしてはけなげに

「竈の煙が見えます」

と答え、すなおに父と母の顔を見上げた。

 何をしてもすなおそうに見えるのがこの弟のいところなのだろう。

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