第25話 幼武大王の影(8)

 「それでは、その吉備臣が差し出されたという、山をあずか山部やまべという人たちは?」

うめが父大王おおきみいてくれる。

 父は答えた。

 「白髪しらか大王のおおきみけられたの民であるからには、いまは姫のものだ。姫がその白髪大王の名代なしろやら部やらをすべて継いだのだからな」

 つまり、それは、母のものでもなければ、鷦鷯さざきのものでもない。

 それほどのたからを、ところたみを持っているなんて、姫はいまのいままで知らなかった。

 その名代やささげるみつぎは、いまはこの石上いそのかみ広高のひろたかのみや官司つかさに捧げられ、この宮で使われているのだろう。

 でも、姫がとつげばそれはその嫁ぎ先に捧げられる。姫が嫁がずにどこかの神の宮に仕えることになっても、それはその神に捧げられるのだろう。

 それで、と姫は息をつく。

 母は、この姫に死んでほしいのか。

 そうすれば、葛城かつらぎのおみから白髪しらか大王のおおきみが引き継いだものだけでなく、吉備きびのおみから奉られたものも鷦鷯さざきに継がせることができる。鷦鷯を幼武わかたける大王のおおきみに似た大王おおきみに育てて、和珥わにのおみやからから大后おおきさきめとれば、母の望む幼武大王の血筋は揺るぎなく続いて行く。

 思い出す。

 播磨はりまにいたころから、母は、いまは春日かすがに嫁いだ大姉おおあねには優しくしていたが、姉の財姫たからひめや姫には厳しかった。

 姉姫や姫は、母にきつくしかられると、そのころ住んでいた川村かわむらの宮から逃げ出し、弘計うぉけのみこ小野おのの宮に逃げ込んでいた。

 そんなときは、弘計王の妃だった難波なにわ郎女のいらつめ川村かわむらまで連れて来てくれて、父と母にとりなしをしてくれた。

 父の億計おけのみこ

「まあ、そういうことだから」

と姉姫や姫が戻ってきたことを受け入れようとしても、母は何も言わなかった。そういうとき、母は難波郎女と目も合わせず、口もきかず、斜め上を見てつんとしているのが常だった。

 それは母としての厳しさだと難波郎女にはさとされたのだが。

 そうではなかった。

 あのころから、母は、姉姫や姫がどこかに嫁ぐことで、母と鷦鷯さざきに伝わるはずのものを持ち去ってしまうと思い、み嫌っていたのだろう。

 姉姫が朝津間あさつま大王のおおきみ名代なしろを、妹の姫が白髪しらか大王のおおきみの名代を継ぐなどとは夢にも思っていなかったころからそうだったのだ。

 まして、いまでは……。

 そう思うと、姫の肩がかすかに震えた。

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