第24話 幼武大王の影(7)

 父の億計おけ大王のおおきみは答えた。

 「あるいは、筑紫ちくしのきみと、からのいずれかの国が手を組めばな」

 軽く笑っている。

 少し黙って、続けて言う。

 「吉備きびのおみはいますぐいくさを起こすことはできまい。幼武わかたける大王のおおきみが亡くなられたときに、吉備臣は、吉備臣の血を引く王子を大王に立てようとしていくさを起こして、白髪しらか大王のおおきみの軍に敗れている」

 吉備臣といくさになりそうになった、という話は、大和に来てその白髪大王の宮にいたころに聞いたことがあった。

 姫はそれをずっと昔のできごとだと思っていたのだが、そうではなかったらしい。

 父大王は大きくため息をつく。

 「そのいくさのとき、葛城かつらぎのおみ平群へぐりのおみも何もできなかった。白髪大王を兵の力で支えたのは大伴おおとものむらじだった」

 そういうことか、と、姫は思う。

 「だから、父王ちちぎみも、吉備臣も葛城臣も平群臣も取り立てることができず、大伴連と物部もののべのむらじを頼りにするしかない、と」

 父大王はうなずいた。

 「しかし、それだけなら、ここにいるわれらへの関わりは少なかろう。しかし」

 斜め座りから身を立て直す。

 「その戦で、吉備臣は、山部やまべといって、山をあずかる人らを白髪大王にたてまつって許しを求めた。しかしそれだけでもなかったとこの父は思うぞ」

と大王は姫を見る。

 少し笑って姫の姿を見る。

 「はい?」

 その姫を軽く横目で見てから、うめがかしこまって言う。

 「つまり、大王おおきみ様のやからを、白髪しらか大王のおおきみにおささげになった、ということですか?」

 この大王様というのは、父億計おけ大王のおおきみのことだ。

 そのやからとは、父と母と姫や鷦鷯さざきと、父の弟の弘計うぉけのみこやからだ。

 そんなことは姫は思いつかなかった。

 主人あるじの姫にかわってそれを思いつくなんて、梅は、姫には過ぎた御言みことちだと思う。

 父大王はうなずいた。

 「もし、この父と弘計、鷦鷯やおまえたちが明石あかしにいれば、明石は吉備に近い。そのままにしておけば、吉備きびのおみもわれらをいただいて大和やまとに攻め入ることができたかも知れぬ」

 つまり、吉備がもし謀叛むほんというものを起こすつもりになったとしたら、父と姫のやからがそのきみとしてかつがれていたかも知れぬ、ということだ。

 「白髪大王がそうなることを防ぐためにわれらを大和にお移しになったのか、吉備臣のほうからわれらを白髪大王に差し出されたのか。おそらくむらじ室屋むろやの連がなかちをしたのだろうと思う。どちらもそんな話はしてくれぬが」

 目の連は物部もののべの、室屋の連は大伴おおともの、それぞれやからおさだ。

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