第23話 幼武大王の影(6)

 「幼武わかたける大王のおおきみは、この大和やまとの国のかたちを変えてしまわれた」

 息をついた勢いで頭を垂れ、顔を伏せたまま、姫とうめを見る。

 「この父と弘計うぉけ播磨はりまにいるころにはそれがよくわかっていなかった」

 ここで黙っていると梅が言ってしまう。

 姫自らが言わなければ、と思った。

 「大和に来て、おわかりになった、と?」

 父大王は、うん、とうなずいた。顔を上げる。

 「母が言っておったろう? 東の毛人えみし、西の隼人はやし、海の北のからひとを服させた、と」

 「はい」

 姫が胸を張って強い声で答える。

 さっき母大后がそれを言ったとき、父大王はここにいなかった。それでも父がこう言うのは……。

 たぶん、母はいつも父にもそう言っているのだろう。

 父が続ける。

 「しかし、東の毛人えみしの国からも、西の隼人はやとの国からも、まして百済くだら任那みまなからは、大和の泊瀬はつせの宮もこの石上いそのかみの宮も見えぬ」

 泊瀬の宮はその幼武大王の宮だった。泊瀬は三輪みわの山のふもとからかいへと入ったところにある。

 「播磨はりまからは三輪の山も石上も見えなかったのはおまえたちも覚えておろう。吉備きびからも見えぬ。それに、吉備や尾張おわり吾妻あずまの国には、それぞれに尊い山もあろう。そこから来た者たちが三輪や石上の山を見て、そこにありがたい神様がおられ、ありがたい大王がおわす、などと思ってくれるか」

 父大王は、ふっ、とのどを鳴らす。

 「幼武大王の前までは、葛城かつらぎや吉備、尾張の臣や連たちに、大和には尊い大王がおわす、と言ってもらっていたのだ。それで大和の大王の力を広く知らせていた。しかし、幼武大王は、大王みずから、おんみずからの力で、その力を世に広く知らせなければならぬと思われ、そのとおりになさった。つわものの力でその勢いを見せるだけでなく」

 父大王はことばを切った。

 続ける。

 「つるぎたまわったのだな、幼武大王は。大王が鏡をそれぞれの地の臣や君に配ることは前から行われておったが、幼武大王は技芸人てひとを招き、集め、くろがねの剣をこしらえさせた。遠い地からこの大和に出て来たやからに、そのくろがねの剣に黄金こがね白銀しろがねで文字を刻ませた。文字を刻むわざは幼武大王の技芸人てひとだけにしかなかったから、剣は幼武大王から下げ渡されることになる。剣に刻むことばは、その遠い地の臣や君をたたえることばでよいが、幼武大王はそこに必ず刻ませることにしていたそうな。あめしたらしめす幼武大王、という名を」

 「あの神の宮の」

と、御言みことちのうめく。

 「七枝ななえかたなのようにですか?」

 梅はこのところ石上の神の宮に行っていることが多い。そこで、文字もんじが刻まれているという七枝の刀もいくたびも見てきたのだろう。

 父大王はうなずいた。

 「息長おきなが足姫たらしひめのみこと御代みよには、あの刀は大和では造れず、百済くだらこきしからのささげものとして納れるほかなかった。幼武わかたける大王のおおきみは、技芸人てひとらを招かれ、それを大和の国のなかで造れるようになさったのだな」

 また短くことばを切る。

 「まされて白く輝くつるぎに、文字もんじことなる色で光を放つ。そこにあめしたおさめる大王おおきみの名がある」

 大王は深く息をついた。

 続ける。

 「大和の大王の下にはももふりふりの鋭い剣がある。刃向かうことはとてもできぬと思わせようとなさったのだろう。しかし、その剣に黄金白銀をめる技芸人てひとらは、からの国から筑紫ちくし吉備きびの沖を通って大和に来るのだ。その技芸人に造らせた剣をあちこちにくように配られては、吉備や筑紫の臣や君たちも心おだやかではあるまい」

 「では」

 御言持ちに先に言わせぬように、姫が声を張る。

 「いくさになる、というのですか?」

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