第47話  EAP-FAST-1

ハレの日の相応しい荘厳な鐘の音が、青空いっぱいに響き渡る。


婚約から二か月足らずで挙式までこぎ着けたのは、ありとあらゆるコネを使って式場を押さえた椎名の見事な手腕のおかげだ。


最初はみちるの妊娠を疑ったが、そんなことはないらしく、ただただ一刻も早く新生活を始めたい椎名の願いを聞き入れる形で挙式が早まったらしい。


日を増すごとに大きくなる椎名の愛情は、今や洪水状態だ。


これから妻を溺愛する夫との新婚生活が始まるわけだが、どう見ても初心なみちるは色々と大丈夫だろうか。


エンブロイダリーのツイストパンツは胸元と肩が切り替えレースになっていて、黒だけれど重たい感じにはならない。


大ぶりの真珠のピアスを合わせて、深みのあるベルベッドレッドで唇を彩れば一気に華やいだ雰囲気になった。


ジャケットを羽織ればオフィス仕様にもなるセットアップは、何着あっても重宝する。


歩実にとっても久しぶりの結婚式なので、晴れて本当に良かった。


買い取って、みちるの好みに合わせて手直しさせたというウェディングドレスは、パニエでドレスを大きく膨らませた愛らしい王道のプリンセスライン。


胸元の花のモチーフとウエストを一周する可憐なピンクのリボン、レース生地を贅沢に使ったティアードスカートは、歩くたびひらひら揺れて参列者たちの視線を奪った。


誰かどう見ても世界で一つだけのみちるのための特別なウェディングドレスだった。


槙によると、椎名は西園寺の縁者らしいので、それはそれは莫大なお金をつぎ込んで最短であのドレスを仕上げさせたんだろう。


いつでも思い出せるようにこのドレスは永久保存されるそうだ。


それぞれの両親と、職場の人間数名のみが招かれたチャペル挙式は、アットホームで温かな雰囲気だった。


終始泣き崩れるマスターを隣で慰め、ティッシュを差し出しつつ、スマホにみちるの晴れ姿を何枚も収めた。


いつも薄化粧のみちるしか見ていなかったので、プロによってフルメイクを施された彼女の変身ぷりには本当に驚いた。


あどけない印象を残しつつも女性らしい柔らかさと色気を湛えた花嫁姿のみちるは、これまで見たどの時よりも美しかったのだ。


ああいうのを、ダイヤモンドの原石というのだろう。


まだ20代前半の彼女だから、これから椎名の愛情を受けてもっともっと花開いていくに違いない。


より一層過保護になった椎名が、みちるを軟禁状態にしてしまわないことを切に願う。


独身女性憧れのブーケトスは行われなかった。


というのも、参列者の中で独身女性が歩実一人だけだったからだ。


チャペル前で集合写真を撮った後、みちるに呼ばれた歩実は、花嫁から直接ウェディングブーケを受け取るという名誉に預かってしまった。


これまで何度も挙式披露宴に参列して来たけれど、一度もブーケを貰えたことはなかった。


というのも、歩実よりも若い女の子たちがうようよ居たので、いつも遠慮していたのだ。


白やピンクの優しい色合いで纏められたウェディングブーケは、みちるの性格を表しているかのようで、受け取るのが尚更恥ずかしくなった。


いい年齢のアラサーがこれを貰って良いものかと一瞬悩んだりもしたが、ほかに受け取れる女性がいないのだからしょうがない。


そう開き直って幸せの象徴のようなそれを手に取ったら、自然と笑顔になれた。


こういう幸せもありなのかもしれない、と思えたのだ。


披露宴は行わず、簡単な立食パーティーのあとは親族だけの食事会になり、相変わらず大号泣のマスターから、家族同然だから歩実ちゃんもぜひ、と誘われたが丁重にお断りして、槙と会場を後にした。


まだ夕日は沈んでおらず、夜には早い中途半端な時間帯。


こんな時間に盛装姿で街をウロウロするのは変な感じがする。


そういえば、槙のスーツ姿を見るのも初めてのことだった。


常日頃からスーツで出勤している椎名とは違って、槙はラフな格好で仕事に行くことが多い。


「宗吾、スーツ似合うね」


改めて隣を歩く槙を見つめて、ああほんといい男だわ、と客観視してほくそ笑む。


ダークブルーの上品なスーツに明るいシルバーのネクタイは、整った面立ちの彼をより一層魅力的に見せていた。


今日の参列者の中に独身女性がいなくてほんとによかった。


「・・・・・・言うの遅くない?俺は美容室で会って最初に歩実のこと褒めたよ」


ヒールの高さのぶんだけいつもよりも顔が近い歩実を見下ろして、槙が不貞腐れた顔になった。


折角素敵な恰好をしているのにイケメンが台無しである。


確かに、今朝予約をしている美容室まで迎えに来てくれた槙は、フルメイクを施した歩実を見て、素直に綺麗だね、と褒めてくれた。


それから、ちょっと懐かしい、とも言われた。


実はそれ、歩実も思ったことだった。





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