第46話 SATA-2

「難しいですねぇ・・・私なんてどっぷりゼロ世代なので、周りにオメガの知り合いもいないですし・・・」


「私もです。たぶん、仕事で携わらなかったらここまで勉強してなかったと思います。まだまだ解明途中の部分も多いので、情報は日々更新されていくし、うちでも追いかけるのが大変で・・・今日が初めての参加ですよね?」


「はい、そうなんです。私中途採用で、入社時にはオメガ研修がなかったので」


「メディカルセンターに転職って凄いですねー。いまうちの市で一番の人気企業ですよ」


「あはは・・・いや、たまたま運が良かっただけで・・・・・・何にも医療知識無いんですけどね・・・あ、今日の講義の内容は簡単じゃなかったけど、このテキスト、すごく分かりやすく作ってあるので助かりました」


専門用語が多い講義は、部門外の歩実にはひたすら難しいばかりだったが、テキストは意外にも初心者向けに作られてあり、図やイラストがあってとても分かりやすかった。


「ほんとですか!良かった。それ、うちの部署が以前作ったオメガバースのテキストなんです。少し前の医療都市シンポジウムに向けて作ったもので、部署でも高評価だったんですよ」


「へえ・・・・・・職員さんこんなことまでされてるんですね・・・行政って大変だ」


「少しでも、市民の皆さんのお役に立てれば、なんて」


肩をすくめて朗らかに笑う師岡は、物凄く感じがいい。


こういう職員が、頑張ってこの町を盛り立ててくれているんだと思うと嬉しくなる。


「ここは市内でも一番オメガ採用に力を入れている企業さんなので、知っておいて損はないことばかりだと思います」


「ですよね。突発的な発情ヒートの対応なんて、ゼロ世代にはわかりませんもんね」


教育機関では、すでにオメガバースに対する正しい知識を教える取り組みが始まっているが、オメガバースを知らないゼロ世代は、その機会がない。


身内にオメガやアルファがいれば、多少の勉強はするだろうが、この世の大半の人間は発情期ヒートを持たないベータである。


もしも同僚や身近な人間がこの先オメガだと分かったら、全力で助けてあげたいと思うし、力になりたいと願うはずだ。


だからこそ、必要な知識は持っておかなくてはならない。


勉強会参加してよかったです、と伝えたところで、開けっ放しの会議室のドアのところから、聞きなれた声がした。


「智咲さ・・・・・・あれ、菊池さん」


振り向くと白衣姿の羽柴が、師岡と歩実を交互に見て首をかしげている。


「おー理汰ぁ。お疲れ」


師岡が笑顔で片手を上げて、羽柴のことを名前で呼んだ。


随分と気安い空気に二人が知り合いなのだと悟る。


「お疲れ様です、羽柴さん」


「勉強会出てたんですね」


「はい。オメガ研修、私受けてなくって・・・えっと・・・お二人はお知り合いで?」


歩実の言葉に、羽柴がにやっと口角を持ち上げた。


それから師岡のほうを見る。


視線がぶつかった師岡がなぜかばつが悪そうに頬を赤くした。


え、あれ?と小さな違和感を覚えた直後。


「知り合い、というか、彼女です」


羽柴が嬉しそうに師岡の手を握った。


「・・・・・・え・・・あ、ああ!なるほど!」


羽柴とは、研究所ラボの施錠や設備点検のことで何度かやり取りをしているし、槙と一緒のところで挨拶を交わしたこともある。


が、あの時の彼はこんな風じゃなかった。


身長差を埋めるように赤くなって俯く師岡の顔を覗き込む羽柴の表情は、まるで悪戯っ子のようだ。


彼女のことが好きでしょうがない、と眼差しが訴えてくる。


反対に師岡のほうは、必死に彼氏である羽柴と距離を取ろうとしているのだが、握った手がそれをさせてくれない。


さっきまでの頼もしい上司顔が鳴りを潜めて、年下の恋人に振り回されている可愛い大人の女性の一面が顔を覗かせる。


余計に師岡を身近に感じることが出来た。


「智咲さん、菊池さんね、俺の地元の・・・ほら、前にここで挨拶した、槙の彼女さん」


いきなり槙の名前が飛び出して、あわあわと頭を下げる。


以前に師岡と槙は会ったことがあるらしい。


「あ、あのエンジニアの!へええ・・・そうでしたか。うわ、なんかこういう場所で知り合いに紹介されるのってほんっと恥ずかしいわ。んで、手、離そうねそろそろ」


それ物凄く同感ですとこくこく頷けば。


「お茶飲んでいく時間くらいあるでしょ、菊池さん、この後すぐに戻ります?」


「え、あ、コーヒー買いに行こうかなって」


お邪魔ではなかろかとひやひやしながら答えた歩実に、羽柴が満面の笑みを向けて来た。


「じゃあぜひご一緒しましょう。俺奢りますよ。智咲さんも、いいよね?」


歩実を餌に師岡をカフェテリアに連れて行こうという作戦らしい。


早めに切り上げて邪魔にならないように退散すればいいか、とありがとうございます、と応える。


「理汰の友達の彼女とお茶とか・・・・・・なんかいろいろ衝撃だわぁ・・・あのぅ、菊池さん、私だいぶ年上なので、ジェネレーションギャップがあったらごめんなさい」


「え⁉そんな、私も槙より年上ですし・・・」


「・・・・・・・・・」


無言で見つめ合うこと数秒、年上彼女の同士の意思疎通が出来た二人は、笑顔でこれから仲良くしましょう、と頷き合った。



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