第17話 polling-2



でも、今の自分を認めてくれている誰かがいると、それだけで心はずっと軽くなる。


とはいえ、まだ二人の関係はお友達なわけで。


「あんたってほんっと自信過剰ね!」


当然こういう切り返しになった。


みちるの爪の先ほどの可愛げが残っていたら、うん、とか言えたかもしれないが歩実には無理だ。


それなのに、可愛げゼロの歩実の返答を前にしても、槙はニコニコ笑って見せる。


あのグループデート以降、彼は物凄く余裕だ。


それは、あの夜を境に、二人の立場が綺麗に逆転してしまったから。


追いかける側と、追いかけられる側に。


これまで歩実はずっと追いかける側だった。


夢に向かって目標に向かって前だけ見て真っすぐ突き進んできた。


その正解しか知らなかった。


後ろから誰かが追いかけて来るだなんて、考えた事すらなかった。


周りは歩道から声援を送ってくれるギャラリーくらいにしか思っていなかったのだ。


そして、交際相手は決まってゴールテープの向こう側で歩実を待っている相手ばかりを選んで来た。


こんな風に歩道の柵を乗り越えて急に伴走してくる男なんて、知らない。


「嫌われてないの分かるもん。歩実さん素直だし。結構流されやすいでしょ」


「いや、そんなつもりは・・・・・・・・・」


「そこで過去掘り下げないで良いから。流されて欲しいけど、それは最終手段に取っとくからさ。駅まで送るよ」


「駅までって・・・え、槙、家どこ?」


「メディカルセンターから徒歩10分のマンション。寄ってく?」


「うん・・・・・・・・・は?いやいやいや!寄ってかないよ!あんたも軽々しく誘うんじゃないの」


コンビニ寄ってく?くらいのノリで問われて思わず反射的に頷いてしまった自分が憎らしい。


ついさっき流されやすいと指摘されたばかりなのに。


「軽々しくは誘ってないし。歩実さんならいつでも来ていいよ」


「・・・・・・あんたがモテるの分かる気がするわ」


「じゃあ早く絆されてよ。ちゃんと大事にするって」


「その軽口は信用しない」


「ええー何でよ、俺の一途さ知らない癖に」


「知らないよ。あんた言い寄って来る女の子とばっかり付き合ってたでしょ。ゼミの」


「あーうん、だってほら、楽だから」


「・・・・・・・・・」


どの口がそれを言うかと言外に告げれば、槙がへらりと相好を崩した。


「だから今は果敢に挑んでる。片思いって結構勇気要るわー」


「楽しそうですね」


「いま俺どのあたりかな?って確かめるのは結構楽しいな。セキュリティガチガチの城壁切り崩していく感じ。バリケード積み上げてくれていいよ。頑張って攻略する」


恋愛に対してそんなワクワク感を抱いた事なんてない。


いまの自分が彼にそんな表情をさせているのだと思うと、ぺしゃんこになった自尊心が少しだけ復活して来た。


槙はいとも簡単に、心を揺らして躍らせる。


それはもう悔しいぐらいに。


「俺さぁ、結構前から歩実さんの事好きだったよ。見ててイライラして苦手だって思ったのも、気になってたからだしさ。この先ずっとそういう価値観の違い見せつけられるんだろうけど、へこたれない自信もある。俺らきっと上手くやれるよ」


「ほおおお、それはなに、あんたの恋愛経験値の高さ故か?」


「・・・・・・気になる?」


「気になるから訊いてる」


歩実が知る限りそれなりにモテてそれなりに色んな女子とお付き合いをして来た槙である。


勝ち組と信じて疑わなかった歩実がキャリアを積み重ねようと躍起になっていた時間を悠々と楽しんで過ごして来た彼のほうが経験豊富というのは尤もな話だ。


付き合うことになったら確実に主導権は彼が握ることになるのだろう。


自分の手綱を誰かに預けるなんて、本当に出来るのだろうか。


「もっと気にしてよ。俺に興味持って、何でも訊いて。ちなみに、歩実さんより恋愛してきたとは思うけど、上手くやれると思うのは、俺の方が好きだから」


もっとロジカルな返事が来るかと思いきや、ドストレートな告白が飛んで来た。


ひゅっと息を飲んで瞬きを忘れる。


付き合ってくださいと言われるより刺さった。


これまで槙が行動で示してくれた歩実への思いやりや気遣いがまさにそれだったからだ。


この人なら大丈夫だと思わせる何かが、彼にはあった。


思い切り揺さぶられた。


そして、揺さぶったことを、ちゃんと槙は理解していた。


するりと隣に並んで来た彼が、この間の夜のように手を繋いでくる。


絡め取られた指先の熱を記憶してしまっている自分がいた。


伝わる体温が、好きだと伝えて来る。


待って、なんで、そんな。


「次、歩実さんが突っ走っても、手ぇ繋いでたら大丈夫。助けられるよ」


「・・・・・・・・・」


突っ走って思いっきり転んで立てなくなった女を陥落させるには十分過ぎる熱量だ。


駄目だ、駄目だまだ戻れていないのに。


せめてあと一歩だけでも前に進めることが出来たら、よろしくお願いしますと言えそうなのに。


「・・・・・・あんた、なんなの」


こういう不意打ちはずるい。


不意打ちをする為に待ち伏せしていたのだろうけれど。


歩実の知る槙宗吾は、こういうやり方で攻めて来る男では無かった。


「ん?必死に口説いてる」


へらりと笑った槙が、歩実さんのマンションどこ?と手を引きながら訪ねてくる。


回らない頭で、隣町の駅前のマンション名を告げると槙がへえ、と感心したように声を上げた。


「いいとこ住んでるね。家賃きつくない?」


「・・・・・・キツイ」


「俺ん家来れば?仕事場めちゃめちゃ近いし便利よ」


「んー・・・・・・」


いまだ回らない頭でそれも楽でいいな、と頷きかけて、我に返った。


「な、流されないよ!?」


本当に油断も隙も無いとはまさにこの事である。


慌てて槙を睨みつけたら、短く舌打ちした彼がひょいと肩をすくめた。


「・・・・・・・・・失敗した」

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