第28話 SCCM-2

17時半過ぎから始まった歓迎会は、20時半を前に解散になった。


ママさん社員たちは子供の寝かしつけがあるのでこの時間の解散が頃合いだ。


新婚だという黄月は早速妻に帰宅連絡の電話を架けている。


そこに平然と付いていく赤松にぎょっとなったら、小笠原から、黄月の妻は赤松の親友なのだと説明された。


「あーもしもし、ゆみ?うん・・・」


「ゆーみー!お疲れぇー」


黄月のスマホを横取りする勢いで呼びかける赤松を、慣れた手つきで黄月が押さえる。


こういったやりとりは日常のようだ。


「うん。うん。今から帰るから・・・え?赤松?酔ってるけど・・・・・・どうする?お前うち来る?」


「いーくー!!」


「聞こえた?うん。来るって。いや、もう結構こいつ飲んでるからいいよ。うん」


「ゆみーお土産なんかいるー?」


「お菓子も山ほどあるってさ。じゃあ切るぞ。鍵持ってるから、締めたままでいいよ。うん」


心なしか声色を柔らかくした黄月がスマホをポケットに戻した。


ほろ酔いの赤松がパンと両手を打ち鳴らす。


「と、いうことで、解散しましょー!あ、ちょーどお迎えも来たみたいだしぃ」


青山か小笠原の家族が迎えに来たのだろうと思って振り返れば。


「お疲れ」


人の少ない駅前通りを歩いてくる槙が見えた。


「っえ!?」


「あらー槙さん彼女さんのお迎えですかー?」


「いいなー。うちの旦那なんて今頃子供と自由を満喫してますよー」


青山と小笠原の羨ましそうな眼差しに、一気に頬が赤くなった。


今日は歓迎会をして貰うことは伝えてあったけれど、時間も読めないし槙は相変わらず残業なので、会う予定にもしていなかった。


それなのにこのタイミングで彼がここに居るという事は、間違いなく歩実を迎えに来てくれたということだ。


「し、仕事は?」


「終わらせたー。もう帰れんの?黄月さん、解散でいいんすか?」


呆然とする歩実を通り越して、課長である黄月に槙が尋ねる。


「ああ、もう解散にしよう。青山さんたちは、俺らと途中まで一緒に帰ろうか」


歩実は電車通勤だが、他のメンバーはメディカルセンターから徒歩20分以内の場所に住んでいるのだ。


頷いた黄月が、歩実に向かってお疲れさん、と微笑んだ。


「菊池ちゃーん、来週からまたよろしくねー」


赤松に続いて、青山と小笠原がお疲れ様でしたと口にする。


「こちらこそよろしくお願いします。お疲れ様でした!今日はありがとうございました」


こんなに気負わない飲み会は久しぶりだった。


いつも周囲に気を配って誰かの顔色と、お酒の残りとお皿の数ばかり気にしていたから。


駅向こうへ歩いていく施設管理課のメンバーを見送って、改めて槙を振り返る。


「なんで来たの・・・あ・・・えっと、じゃなくって・・・ありがとう」


思わず疑問が先に口を突いて出てしまった。


これだから可愛げが無いと言われるのだ。


「週末で、彼女は飲み会。転職したばっかだし、心配するのって普通じゃない?」


「ソウデスネ・・・まじでごめんってば!」


ジト目で睨まれて大慌てで両手を合わせれば、肩をすくめた槙が首をかしげて尋ねて来た。


「歓迎会どうだった?」


「うん。楽しかった。うまくやってけると思う」


「・・・そっか。まあ、赤松さんとこなら大丈夫だろうとは思ってたけど・・・良かったな」


「・・・・・・・・・うん」


思えば、挫折から立ち直れたのも、新しい仕事にあり付けたのも、全部槙のおかげだった。


相変わらず飄々としているけれど、彼の眼差しがちゃんと愛情に溢れている事を、歩実はもう知っている。


「あのさぁ、槙」


「まだそっちで呼ぶの?」


「う、あ、うん、そうだよね、宗吾。あのね、ほんっとに色々、いろっいろ、ありがとうね。心配とか、気遣いとか、励ましとか。あんたが居てくれなかったら、私、施設管理で働いてないから、本当に心から感謝してる」


「どういたしまして。歩実から改まってお礼言われるのめちゃめちゃ変な感じするわ」


「それ私もだからね」


面倒を見られるよりも面倒を見るほうが多かった歩実である。


後輩に頼ったり甘えたりするなんて絶対にあり得ないと思っていた。


「肩の力抜けたみたいだな」


「うん。私もそう思う。あれもしなきゃこれもしなきゃって気持ちが無くなって、自分の手の届く範囲でしっかりやってこうって、足元ちゃんと確かめられた気がする。だから、また走れそう」


笑顔を返せば、槙が目を丸くしてから呆れたように笑った。


「なに、また走んの?」


「求められればね」


今度は全力で走っても転ぶことは無い。


信用しても、放置はしない、と言ってくれた赤松を信じて行けば大丈夫だと思える。


「歩実ってさあ・・・赤松さんと相性いいよな」


「それね、私も思ったわ。タイプが似てるんだろうな。だから引継ぎも想像以上にスムーズで助かったの」


押さえるべきポイントをきちんと説明しつつ簡潔に纏められた説明は物凄く分かりやすくて、覚えやすかった。


良かったなと頷いた槙が、そういえば、と話題を変えて来た。


「施設管理ってさ、立ち合い点検とかあるから、夜間作業入って来るって聞いた?」


「それも聞いてる。申請すれば西園寺不動産のマンション探して貰えるみたいだけど、落ち着くまでは頑張って通勤するつもり。引っ越しするなら古い家電も変えたいしお金もかかるし」


初給料が入ってから諸々のことを考える予定にしていた。


歩実の返事を予想していたらしい槙が、一つ頷いてから提案を口にする。


「それなんだけど、俺の部屋徒歩圏内って言ったろ?、いつでも泊まりに来ていいから」


「それめっちゃ助かるんだけど!」


考える前に返事をしたら、瞬きをした槙が楽しそうに目を細めた。


「言うと思った」

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