第29話 sequence-1
「全然顔出してくれないからみんな心配してたんですよー!」
「何してたんですかー先輩!」
「どうせあれでしょ?また山ほど仕事抱えてたんでしょ?」
「ほんっと寝る間を惜しんで仕事してたからなぁ、歩実さん」
「来てくれて嬉しいです!」
「で、繁忙期落ち着いたんすか?」
久しぶりに会うゼミ仲間たちは、一年半ぶりに顔を見せた歩実を大歓迎してくれた。
代わる代わる呼びかけや質問が飛んでくるこの感じも懐かしい。
メディカルセンターでの仕事にも慣れてきたし、そろそろみんなに転職したことを報告しなくてはと思っていたところにタイミングよく飲み会の連絡が飛んできたので、近況報告がてら参加することにした。
どの近況報告かって?それは勿論転職のほうである。
もしも飲み会で恋愛関係の話になったら、槙と付き合い始めた事を伝えようとは思っていたけれど、そもそも飲み会で後輩たちから恋愛相談やら恋バナを振られた事が無い。
大抵が仕事のこと、昇進のこと、会社での人間関係や上司の愚痴が歩実のところに回って来る話題のほとんどである。
恋人と別れても一切引きずることなくあっけらかんとした表情で、まあ仕事頑張るわ!と言ってしまえる歩実に苦しい乙女心やら複雑な男心を打ち明けたがる後輩はまずいない。
歩実自身、恋愛と仕事は別ものと完全に分けて考えてしまえるので、グチグチ悩んだり嫉妬の炎に焼かれた経験が無いのだ。
ごちゃごちゃ考えるよりは飲んで寝て忘れよ、というサバサバした性格なのである。
だから、今日もいつも通り仕事の話になるかと思っていたのだけれど。
「・・・・・・っていうわけでね、西園寺メディカルセンターに転職して、やっとふた月経ったところなのよ」
転職理由は伏せて、別業種で再チャレンジしてみることにした、と後輩たちに報告すれば、一気に尊敬の眼差しが返って来た。
「大手から大手に・・・ほんっとキャリアアップしてますねぇ」
「さすがだわー菊池さん」
「でも、完全他業種からよく転職出来ましたよねー」
「それはほら、もう歩実さんの実力なら畑違いもノーリスクなのよ」
「うっわ、歩実さんらしすぎるわぁ」
「西園寺グループなんて超優良企業じゃないすか!転職サイトでも求人見た事ないっすよ」
「あー・・・・・・えっと、それはね、話せば長くなるんだけどー・・・前の会社辞めてから、繋ぎで少し働いてたお店に、たまたまメディカルセンターの社員さんがいらしてて、そこでお声がけ頂いてね」
「え、じゃあヘッドハンティング!?」
「やっば!」
「いや、そんなたいそうなもんじゃないのよ、ほんとに、たまたま偶然ね」
これまで全力でカッコイイ先輩で居続けたせいで、歩実のやることなす事すべて輝かしいサクセスストーリーになってしまうようだ。
実際は、左遷からのアルバイト生活で藁にも縋る思いでぶつかった面接試験だったのだけれど。
「あれ、でもさ西園寺メディカルセンターって・・・・・・槙の仕事場じゃなかったっけ?」
「え?そうなのー?」
「たしか、セキュリティー部門の立ち上げに関わる事になったって言ってなかった?」
なぁ槙?と歩実の隣で冷酒を飲んでいる槙に後輩が視線を投げた。
いつもは離れたテーブルに座るくせに、今日に限って最初から隣の座布団に腰を下ろした彼は、歩実と後輩たちの会話に一切口を挟むことなく一人で静かに飲んでいたのだが。
「ああ、うん。いま同僚」
短く返した槙が、一瞬だけ視線をこちらに向けてくる。
その後に彼がいま恋人とか言ったらどうしようとひやひやした。
けれど、槙が次の言葉を口にするより先に、さっきの質問を投げた前の席の後輩がビール片手に身を乗り出す。
「ほら、やっぱりな!メディカルセンターってどっかで聞いたと思ってたんだよ。で、菊池さん、部署は槙とは違うんすか?」
「あ、うん。私の部署は施設管理って言って、センター内の電気系統とか機器点検のサポートを行う部署だから、槙のいるセキュリティーチームとは、あんまり関わりはないのよ」
「へえー・・・っつか、お前も菊池さん転職してきたなら報告しろよ」
「そうだよ、水臭ぇなぁ」
「付き合い長いのにほんっと槙くんってそーゆーとこ素っ気ないよねぇ」
「そうそう」
一気にやり玉に挙げられてしまった槙をどうにか救出しなくては。
歩実はビールグラスをテーブルに戻して大げさに手を顔の前で振ってみせた。
「いやいやいや!メディカルセンターって以外の社員多いし、知らなくても全然不思議じゃないしね!いちいち転職するとか報告しあう仲でもないし、言わなくても当然よ!」
これまでだったら、間違いなくそうだった。
お互い飲み会で顔を合わせれば軽く挨拶をして、元気そうだね、と笑い合ってそれきり。
槙は同期の男の子数人と別のテーブルで話し込んでいることが多かったし、歩実の周りには盛り上げ役の後輩やら歩実に懐いている女の子たちが集まっていた。
だから、こんな風に横並びで座るのは初めての事。
この並び自体違和感しかないし、後輩たちに異変を察知されたらとハラハラしてしまうのに。
するりと座卓の下で手を伸ばして来た槙が、膝の上に置いていた歩実の指先を絡め取って来た。
優しく指の隙間を撫でられて、数日前の夜の記憶が甦りそうになる。
掬うようにキスをして来た彼は、そのまま歩実に圧し掛かって来て目の前で指の隙間を味わうように舐めて誘いかけてきた。
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