第36話 LTSC-2

一階のセキュリティールームのドアの前で待ち合わせた歩実は、槙の顔を見るなりホッとした表情になった。


「よかった~!槙が居てくれてほんとに助かった!」


「黄月さんは?」


「急な電話が入っちゃって、業者さん来るまでに電話終わらない可能性があるから。入り方訊いておかないとエラーロックが掛かるって聞いてて」


「うん。うちのメイン基盤の保管場所だからな。テンポラリーとセキュリティカード持ってきた?」


電子ロックの解除の順番を間違えると警備システムが作動するように設定されているのだ。


頷いて、歩実を先導しながらサーバールームの鉄扉の前まで移動する。


「これとこれでいいんだよね?合ってる?」


「ん、合ってる」


「今日って残業?」


「夜勤。シフト見ろよ。そのためにスケジュール共有してんだから」


「あーうん・・・・・・そうなんだけど、でも、見てもさ、会えないことのほうが多いでしょ?」


「・・・・・・まあ・・・それはそうだけど」


槙がセキュリティールームから外に出ることはほとんど無いし、カフェテリアに向かう時間は、歩実とずれていることのほうが多い。


歩実が手にしていたセキュリティカードを電子ロックに翳して施錠が解けるのを待つ。


「こっちを解除して、それからこっち」


隣に並んでいる電子ロックに、テンポラリーを翳してロックを解除する。


それから、二つ並んだ電子ロックの下の小さなドアを開けた。


中にある電子ロックを指さして、そこにもテンポラリーを翳す。


「で、最後にここな。こっちは、カードのこの部分のコード読み取ってるから翳し方によってはうまく読み込んでくれないから、気を付けること」


「なるほど、三段階ロックね、了解」


「んで、中入ったら、先にドア開けたまま右側のここのスイッチ入れないと真っ暗になる」


重たいドアを開けて歩実を中に入れてから腕を伸ばしてサーバールームの明かりを点けた。


電子機器の保存のためのみ存在するサーバールームは、人間にとっては極寒だ。


「うん、わかった・・・さぶっ・・・ちょ」


身震いした歩実を後ろから抱きしめて、彼女の手にカードを返してやる。


「奥は、適温でエアコン入ってるよ。俺は、会えるとか会えない関係なくスケジュールは見てるけどな」


スチールラックにずらりと並べられたサーバーたちの横をすり抜けるように奥へと向かう。


「主電源がこっち、業者はここまで案内してやればあとは自分たちで作業してくれるはず」


一通りの手順を伝え終えて、質問は?と首を傾げれば、歩実は大丈夫だと頷いた。


「ありがと・・・・・・・・・槙は・・・・・・・・スケジュール見たら、会いたくならない?」


「・・・・・・なるけど・・・・・・え、なに、だからわざと見ないようにしてんの?寂しくなるから?」


予想外の返事が聞こえてきて、慌てて目の前の肩を掴んだ。


「だって・・・社内だし・・・・・・普通はもうちょっとこう・・・フロアでばったり的なことあるでしょ・・・?でも、そっちとの用事って椎名さんにしかないし・・・なんか、セキュリティールームって物々しい雰囲気だし・・・・・・気安くしゃべれないし・・・だから・・・っ」


物凄い思い違いをしていたことを、この数分のうちに気づかされた心は、即座に歩実を欲しがって焦がれ始めた。


気持ちに素直に従って、唖然とする彼女の唇を塞ぎにかかる。


案の定慌てた歩実はもがいたけれど、舌を絡ませたら3秒で大人しくなった。


「ん・・・っん・・・」


頬裏を擽って、温かい口内をぐるりと味わってから小さな舌を捕まえる。


行き場を無くして彷徨う手のひらを捕まえて指を絡ませてから舌裏を擽ればびくりと歩実が腰を震わせた。


的確に気持ちのいいキスを送り込まれて、逃げようと後ろ脚を引いた彼女の身体を強く抱き込む。


壁に歩実の身体を押し付けて緩んだ膝の間に足を捻じ込むと、慌てて歩実が胸を突っぱねてきた。


その手のひらを捕まえて薄い手首に唇を寄せて舌を這わせる。


「ここは、監視カメラの唯一の死角だから、覚えといて。こっそりいちゃつくならココ」


「だ、駄目でしょ!?」


「もう火がついた」


前回彼女を部屋に呼んだのは二週間前のことで、もうすっかりあの日の余韻は抜けきっていて名残の欠片すらない。


歩実は嫌がったけれど、無理やり首筋に吸い付いてやれば良かったなと後悔した。


キスマークの一つでも残せたら、満足できるのに。


かぷりと首筋に甘噛みして薄くなった彼女の纏う香水の匂いを吸い込む。


「もう帰るだけだろ?」


「こ、この後一人になるって分かってんのに仕掛けてくるな馬鹿!ね、寝れなくなるでしょ!」


真っ赤になって詰られて、ベッドで一人悶々とする歩実を想像して、やめた。


「・・・・・・明日まで我慢して」


「・・・え?」


「家行くから」


「・・・・・・」


「ああでも、家のが近いか・・・」


「あの、でも、まだ平日で」


困惑顔の歩実の額にキスを落として、あのさぁと低く呟く。


「俺結構限界なんだけど?」


「う・・・うん・・・わかったから・・・槙」


「明日帰りに合鍵作っとくから。受け取り拒否すんのナシな」


目力強めで言い含めれば、気圧された歩実がこくこくと頷いたので、ひとまず色んな欲望を抑え込む。


わざわざ今日夜勤を入れた自分を心底恨んだ。


「あと、二人きりの時は名前で呼んで」


さっき顔を見た瞬間に一番言いたかったことを思い出して告げれば。


パチパチと瞬きをした彼女が、わわわかったと唇を震わせた。


「ちゃんと呼ぶ。宗吾」

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