第30話 sequence-2
なんでいま此処でそんな触り方すんのよ!?
俯いて隣の槙を睨みつける。
必死に彼の手から指を引き抜こうとするけれど力が強くてかなわない。
それどころかさらに指の形を確かめるように触れられて、足を崩して座った身体が自然と揺れてしまう。
小さく息を飲んだら槙が小さく笑った。
「いまはもう付き合ってるけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・っは!?」
なんで今言う!?
ぎょっとなった歩実のすぐ後に、二人を囲んでいた後輩たちの空気が一変した。
「え!?」
「だ、誰と誰が!?」
「え、ちょ、付き合ってるって何!?」
ぽんぽん投げられる質問に、歩実はもう返す言葉もない。
知るもんかとジト目を槙に向ければ、彼がテーブルの下から繋がれたままの手を持ち上げて見せびらかした。
「俺と歩実」
突き刺さるような視線と共に呼び捨てにされて、一気に耳まで赤くなる。
次の瞬間個室の座敷いっぱいに驚きの声が広がった。
「えええええええええ!?」
「うそーっっ!!!!!」
「なんで!?え、いつから!?」
「ずっと付き合ってたの!?」
「この人が働いてる店にたまたま行って、そっから口説いた」
「え、ってことは付き合い始めたの最近ってこと?」
「んーそう。ちゃんと返事貰えたのはうちで働く事になってから」
「ひえええ!槙くん歩実先輩ずっと好きだったんだ!?」
「んー・・・・・・なんか、気付いたら好きになってた」
「うっわ!やだ、ここで惚気ないでよ!」
「俺フラれたばっかなんだよ!」
「ってか歩実先輩大丈夫ですか!?真っ赤ですけど」
「いや、もう、私のことは無視して・・・・・・あの、槙、ちょっと外の空気吸ってくるから手を・・・」
「え、嫌」
本気で顔を顰めた槙が、さらに指先を握る力を強くしてきた。
このまま歩実が敵前逃亡するとでも思っているのだろうか。
したいのは山々だが、そうした後が物凄く怖い。
「嫌ってなんなのよあんたは!」
いいから離せ、と腕を強引に引っ張れば、倍の力で引き寄せられる。
慌てて畳に手を突こうとしたら、先に槙が背中に腕を回して来た。
頬に唇が触れて、彼が吐息で笑う。
「そういうことだから、質問攻めは勘弁な」
「~~~っ!!!」
やられた。
これをしたくて彼は歩実の隣を陣取っていたのだ。
途端甘ったるい雰囲気を醸し出した槙に後輩たちが唖然としている。
「えええええ!槙くんめっちゃ好きじゃん!!!」
「つれないクールな槙くんどこいったの!?」
「え、歩実先輩、槙くんのどこが良かったんですか!?」
「槙と菊池さんってゼミでもそんな接点ありませんでしたよね!?」
「どうせあれだろ?この調子で槙が押して押して押し切ったんだろ!?」
「えーやだ!ゼミでカップルできるって何年ぶり!?」
「うわー・・・知り合い二人の恋愛模様・・・色々想像するわ」
ビールグラスを傾けていやらしい顔になった後輩の肩を、槙が遠慮なしの拳で突いた。
「イッテ!」
「・・・すんなよ。勝手に妄想すんのもなしで。歩実が拗ねるから」
「・・・早速呼び捨て」
「別に付き合ってんだからいいだろ」
「えーなにそれー面白くなーい」
「二人は一緒に暮らしてないんですか?」
「ないない!槙は会社の近くのマンションで、私は元のマンションに住んでるから」
「でも、歩実先輩結婚願望無かったですよね?槙と付き合ってそれは変わりました?」
総合職でしっかり業績を上げていた頃は羽振りも良かったし、このまま出世街道まっしぐらの予定だったので、三十代半ばでマンションを購入して、老後の資金をしっかり蓄えて優雅なお独り様をしてやるつもりでいた。
けれど。
「んー・・・・・・結婚願望ないのは・・・そのままなんだけど・・・」
この場でこんな話題を口にする羽目になるとは。
二人きりの時に振られるよりは、いくらか明るい空気になるからまだマシかと思いながら返事を口にする。
槙のことは心から好きだし信頼もしているけれど、彼に自分の一生を預けてしまうのか?と問われればそれは違う気がした。
歩実はこれまでもこれからも、自分の足で歩いて行きたいとずっと願うだろうから。
「あ、そうなんですね。槙くんはそれでいいの?」
「お前突っ込み過ぎだろ」
「だってこんなバリキャリ捕まえたらやっぱり将来のこととか考えるでしょ普通」
後輩の言葉に、それもそうかと周りが頷く。
槙はそんな周りの空気を綺麗に無視して、歩実に視線を向けて来た。
酔っていてもいなくても彼はほとんど顔に出ない。
静かな瞳に少しだけ不安そうな自分の顔が映る。
「・・・・・・いいもなにも、歩実がしたくないってのに結婚できねぇし。俺も別に子供欲しいとか家庭持ちたいとか拘り無いから。気持ちが変わったらそん時相談でいんじゃない?」
一番歩実が望んでいる答えが返って来てホッとする。
「そ、そうだよね!今時結婚がすべてじゃないしね!」
「まあ、どうしてもってなったら、相談するから」
「・・・・・・・・・うん。あの・・・・・・気長に、よろしくお願いします」
しおらしく頭を下げた歩実に向かって、槙が小さく溜息を吐いた。
「なんで、いまここで素直になんのよ」
「え!?」
「ほんっとあんた空気読めねぇな」
「必死に読んだわ!!!!」
全力で言い返せば、槙が可笑しそうに笑い声を上げた。
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