第3話 script-1

「よっ、槙くん。お疲れ様ー。隣いい?お邪魔しまーす」


「・・・お疲れ様です。赤松さん。まだいいって言ってませんよ俺」


「まあまあ硬いこと言わないで、密談があんだからさ」


ランチタイムを微妙にずらしたカフェテリアはちゃんと空席があるにも関わらず、遠慮なしに隣の椅子を引いて腰を下ろしたのは施設管理の赤松だ。


この人はとにかくマイペースで、フットワークが恐ろしく軽い。


そして持っている人脈が底知れない。


彼女のことさえしっかりと味方にしておけばこの会社でハブられることはまずない。


赤松は、西園寺メディカルセンターでは有名な高嶺の雪と言われているイノベーションチームの雪村青ゆきむらあおと、施設管理の黄月航太きづきこうた赤松花あかまつはなの信号組の紅一点且つ、雪村、黄月と挟まれていても唯一やっかみを受けない稀有な女性でもある。


各セクションとやり取りが多いせいか顔が広く、立ち回りも上手い為社内で赤松を嫌う社員はまず存在しない。


メディカルセンターの姉御的存在の彼女の下には多くの女子社員が集っていることで有名だ。


密談というからにはまず間違いなく面倒臭い話だろう。


少々マイペース過ぎるきらいがあるが、それすらも許せてしまうのは彼女の悪びれない態度のせいだ。


「あ、Bランチにしたんだ!私もさぁ、パスタと迷ったんだけどねー結局麺に行ったわ」


西園寺メディカルセンターの福利厚生の手厚さは県内でも随一を誇る。


カフェテリアの定食ランチはメインを和洋中の三品から選んで、副菜やデザートの数も自分で選べるスタイルで、社内でも人気が高い。


本日は、とんかつ、中華丼、サーモンのクリームパスタがメインだった。


毎回メニュー表の前でうんうん唸る社員が続出する人気のカフェテリアである。


「密談ってなんすか?」


「わー雑談には興味なし?あれ、もしかして私嫌われてる?」


「いや、別に嫌ってませんから」


「おお、それは良かった安心したー」


少しも心がこもっていない声で言われて、本当に本心の読めない人だと呆れる。


人当たりも良くて面倒見も良いが、上手く他人を躱しているように見えるのは自分だけだろうか。


みんなから好かれているのになんか食えない女性なのだ。


赤松を前にして自分のペースを保ち続けていられるのは同期の雪村くらいものである。


「あのさぁ、うちの近田ちゃんね、ごめんなさいしたでしょ?」


「ああ・・・そのことか・・・・・・ってか随分前の話ですけどね」


施設管理に出向中の女子社員と付き合って別れたのは半年ほど前のことだった。


物凄く今更の話題をどうしてわざわざ赤松が振って来るのか。


社内の情報はすべて掌握していると言われている彼女が、槙と彼女の破局を知らなかったはずは無いのに。


「いや、お別れじゃなくってごめんなさいよ」


槙の言葉に赤松が改めて訂正を入れて来てああ、なるほどそっちかと合点が行った。


別れた彼女から復縁を迫られて断ったのは事実である。


いい子だったし交際中は楽しかったが別れた今となっては完全な過去だった。


振り返るつもりも、ヨリを戻すつもりもない。


「え?ああ・・・はい、そっすね。戻る気ないんで」


セキュリティーチームは、西園寺メディカルセンターの機密情報と入退出の管理を任されているため研究所ラボと同じ位入退室の管理が厳しい。


そのため、施設の奥まった場所に位置するセキュリティールームに人が寄りつく事は無いし、他部署との交流もほとんどない。


一番関わるのが施設管理でそれ以外の社員は社員データ上でしか顔を知らないことも多い。


そんなセキュリティ部門の社員と他セクションの社員が顔を合わせるのは、月に一度行われるメディカルセンターのコミュニケーションパーティーと言う名の懇親会だ。


強制参加の義務はないので、全社員が一堂に会することはまずないが、地方都市で出会いの場がそう多くは無い若手の社員は大半が出席している。


が、槙は当然そんなものに興味などなく、緊急入室の対応で居残りした帰り道、懇親会の会場となっていたカフェテリアで元カノである近田に数か月ぶりに声を掛けられた。


拗れることなくあっさり別れてくれてホッとしていたのだが、まだ忘れられないとほろ酔いの彼女に詰め寄られてげっそりしたのは記憶に新しい。


部署の先輩である赤松に、元カノがあれこれ愚痴を零したのだろうことは何となく察しがついた。


これだから社内恋愛は嫌だったのに、本当に魔がさしたとしか言いようがない。


だってあの時は、まさか歩実と再会するだなんて思っていなかったのだ。


「いまはもう他にいい人いるって答えたらしいけどさぁ・・・・・・それって行きつけの喫茶店の看板娘とか?」


思わず中華丼をかきこむ手が止まった。


槙は勿論、自分より先に椿亭の常連客になっていた先輩の椎名は他の誰にも店の事を教えてはいない。


二人だけの行きつけの店というのは、もう確認するまでもなく暗黙の了解になっていたのに。


仕事上お昼がずれることがあるので槙たちが気づいていなかっただけで、実は赤松もあの店の常連なのかもしれない。


まさかこんなところで訊かれるとは。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る