第45話 ポーション
にやにやとしながら、ミスリアがドアの方を見る。遅れてバタバタと音がして、バーンとドアが開いた。
ドアの向こうには息を切らして、くまが酷くなったフィスラが立っている。
「ツムギ! 無事か!」
「フィスラ様……!」
慌てて来たのがわかるフィスラの顔は、私と目があった途端ぐしゃりと崩れた。
いつもピシッとしていた服は少しよれ気味だし、クマは酷いし顔色も悪い。それでも、私にはフィスラがとてもきらきらして見えた。
無事でいることが本当に嬉しい。
「……大丈夫、そうだな。良かった、本当に……」
呟いて、今すぐにでも駆け寄りそうなフィスラを、ミスリアが抑える。
「はーい。そこで止まってくださーい」
「邪魔をするな」
「この体調で今ツムギちゃんに近寄ったら倒れるだけですよ。余計な心配をかけちゃ駄目です。後、次のポーション液持ってきてくれました?」
冷静にミスリアが声をかけると、フィスラは肩を落として持っていた大きな瓶をミスリアに渡した。
「確かにそうだ。でも……近づきたいんだ。近くで彼女の無事を確かめたい」
真剣な顔で真面目にそんな事を言うから、私の顔はすっかり赤くなってしまった。
自分的にはさっきまで激動の中に居て、死にそうにつらそうな彼の優しさを感じていたし、目が覚めたら今度は凄く凄く大事にされている感じがして恥ずかしい。
「仕方ないですねー邪魔者は退散してあげましょう。じゃあ、少しでも楽になるように、ツムギちゃんは師団長が持ってきたポーション液にもう一度魔力を入れてね」
テキパキと先ほどの桶に瓶からポーション液を入れ、私の前に持ってきてくれる。手を入れると、また少し身体が楽になった感覚があった。
ミスリアは液体をまた瓶に詰めると、椅子を私から一メートル程離したところに置いた。
「じゃあ師団長はこの椅子に座って話してください。これ以上近寄らないように。お互いの為にね」
厳しい顔をして注意事項を言っているのに、何故だか子供が偉そうにしているように感じて可愛い。不思議な魅力だ。
フィスラも渋々感を出しつつ頷いて座った。
よいしょ、とポーションが入った瓶の箱を持って、くれぐれも注意するようにと言い残してミスリアは出ていった。
ミスリアが居なくなると、なんだか少し緊張してしまう。
私はまだ顔が赤いままで、フィスラの顔をまっすぐに見られない。
「ツムギ。身体で変なところはないか? 君の中の瘴気は魔力に変わったようだが、強すぎる魔力は影響がどうでるかわからない。私も魔力は強いが、生まれつきのものとはきっとちがうだろう」
窺うような声で、フィスラが尋ねてくる。声に心配が前面に出ていて、思わず笑ってしまった。
それで緊張がほぐれて、やっとフィスラをまっすぐに見ることができた。
「顔色悪いですよ。フィスラ様」
「ツムギよりはましではないか?」
軽口をたたくと、フィスラも少し微笑む。
疲れは見えるが、身体に異常はなさそうな事にほっとする。
「あれから、どうなったんですか?」
フィスラは少し考える素振りをした後、ゆっくりと話し始めた。
私の倒れた後は、ミスリアに来てもらい私を運び出したらしい。圧は減っていたようだがそれでもミスリアはかなり体調を崩したようだ。
私の前では何事もなさそうにしていたけれど、影響がないわけではなかったようだ。
軽い口調で私の心配ばかりしていた彼を思い出し、申し訳ない気持ちになる。
「……ミズキとミッシェ殿下の処分はこれからとなる。魅了にかかった騎士についての処分もこれからとなるだろう。……大惨事だ。でも、最悪ではない。ありがとう、ツムギ」
そうしみじみと言ってフィスラが微笑むので、素直に良かったなと思えた。
気が付いたら詰めていた息をそっと吐き出した。
魅了の力は本当に凄かった。無限の魔力が手に入っていれば、本当に誰もが彼女のとりこになっていただろう。
以前も、聖女が亡くなるまでそういう状態だったのだろうか。
「あの魔導具自体がいつから使われているのか等はこれから調べる。何故こんな状況が繰り返し起きているのか……。今後どうするべきなのか」
「そうですね……。もしかしたらこれ自体が浄化の一連の流れなのかもしれませんし」
「こんな代償は大きすぎるとは思うが、浄化の仕組みについてはこれから考えていくにして、聖女召喚が行われた際の対応については、私達に出来る事はおおいにあるはずだ」
「確かにそうです。なんとか悲劇を防ぐ方法を考えましょう」
「そうだな。瘴気が魔力だという事もわかったし、これから研究も進むはずだ」
嬉しそうにフィスラがほほ笑んだので、私も嬉しくなった。
「お手伝いします!」
「それは当然だ。瘴気を内に収めているモルモットがいるのだ。使わない手はないだろう」
「私の求めているお手伝いとちょっと違うような気がします」
嬉しそうな顔の中に狂気が潜んでいた。そういえばそうだった。研究の為には猟奇的になるタイプだった。
今度こそ切り刻まれたりはしない、よね。
「もちろん、君には長生きして実験に付き合ってもらわなければ困る」
私の心を読んだかのように、頷いてくる。
安心させるような眼差しが何にも安心できないのは何故なのだろう。
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