第2話 ぼやけた視界
凄く悪いわけではないけれど、視界がかなりぼんやりする。
異世界で眼鏡もないないだなんて、生活が厳しい。
ぼんやりとしか見えない相手を、恨めしげに見つめる。
「……うるさいな。後でお前の目は治してやるから黙っていろ」
私の抗議が効いたのか、面倒くさそうな態度はしつつも約束してくれた。異世界は目なんてすぐ治せるのだろうか。
何はともあれ言質はとった。
良かった。
視界がこのままだったら、どうしていいかわからない。
「約束ですよ」
「わかったわかった」
煩そうにため息をついて、師団長は私の頭を掴んだ。
女子高生の時と同じようにしばらく目をつむった後、無言で王子のもとへ向かう。
悠然と歩く師団長に対して、周囲が緊張しているのがわかる。息を詰めるようにして、彼の言葉を待っている。
そんな緊張感を意にも介さず、不遜ともいえる態度で師団長は王子の前に立った。
「こちらの彼女が聖女のようだ。聖魔力を感じる」
彼は当然のように、女子高生を指さした。
周りからは、歓声が沸き上がった。
聖女様だ! という声も聞こえてくる。
歓声の中、彼は私の方をじっと見た後、言葉をつづけた。
「そして、同じように異世界から召喚されたこちらの彼女は、無魔力だ。聖女ではありえない。召喚時に混ざってしまったのだろう」
無魔力。
はっきりと宣言されて、わかってはいたものの、自分がみじめに感じてしまう。
巻き込まれて召喚とか、まじかー。
こんな場所で、私はいらない人間なんだ。
聖女なんかじゃないってわかっていたつもりだったのに、周りの歓声が遠くなった気がした。
王子は私に目もくれず、さっと女子高生を立ち上がらせる。
「皆の者! 聖女様が降臨された。この国はこれで安泰であろう」
そう言って、戸惑う女子高生の手取り、掲げてみせる。その声は圧倒的に力強く、上の者の威厳があった。周りからはさらなる歓声が上がった。
女子高生も、最初は戸惑ったようにあたりを見回していたが、しばらくすると王子様に手をとられ周りに手をあげて答えているのが見えた。
その様子を、私は少し離れたところから見つめた。
どういう気持ちになればいいかわからない。
ぼんやりしか見えないので、余計に遠い出来事のようだ。
……そうかあ。彼女は聖女様かあ。
なんだか足に力が入らなくなって、私は座り込んだ。足元に何かが触り、その時に初めてコンビニの袋を持ったままだったことに気が付いた。
がさりと音がするその袋には、大袋のチョコレートと飴、それにクッキーが入っているはずだ。
甘いもの、食べたいな。……帰りたい。
歓声を遠くに感じながら、私は涙が出そうになるのをじっとこらえた。
聖女でない私は、この後どうなってしまうのだろう。
じっとビニール袋を見る。見慣れたこの袋だけが私の現実のように感じた。
女子高生は私の事をじっと見ていたようだったけれど、何と声をかけていいかわからないのか私を置いて、王子様と一緒にどこかに行ってしまった。それに続いて、何人かの人が出ていくのが見えた。
広間からはどんどん人が少なくなり、閑散としてくる。心なしか空気も冷えてきて、私は自分の腕をそっと撫でた。
私の事を遠巻きに見ている人たちは、ちらちらとこちらを見ながら何かを話しているけれど、話しかけてはこない。
居た堪れない。なんだかとても恥ずかしい。
こんな場違いな場所で、こんな風に取り残されて、どうしたらいいか全くわからない。
座り込んだまま俯くと、手が震えてくる。
ただ、泣かない事に意識を集中した。
こんなところで泣き出したくない。
それだけを支えに、私はじっと震える手を見る。
「……。……おい」
「……え?」
強く肩を揺さぶられ、誰かが自分を呼んでいることに気が付いた。
顔をあげると、ぼんやりと黒髪が見える。
眼鏡がない為判断がつかないが、声からして先ほどの師団長と呼ばれていた彼だろう。
「ええと……すみません、なんでしたか?」
「大丈夫か? 体調が悪いのだろうか」
「いえ、体調は大丈夫です」
「なら良かった。召喚は身体に負担があるかもしれない。何かあればすぐ言うように。まだ君の扱いは決まっていないので、取りあえず部屋に案内しよう」
固い言葉とは裏腹に、優しい口調で私の事を立たせてくれる。そのまま、ゆっくりと手を引き、案内してくれるようだ。
どうしていいかわからなかった私には、その申し出はとても有り難かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます