第13話 朝の突撃

「それはどう考えてもこちらの台詞だろう」


「今日はやる事がなかったので、ちょっと散歩していたんです。昼間きたら薔薇がとても綺麗だったので……。あのまま部屋にずっといたら、気が滅入ってしまいそうな気がして」


 ため息をついて本音をこぼすと、フィスラはくっと笑った。


「私のところに働くことになったら、こんな風にのんびりはさせないかもしれないな」


 のんびりさせないという言葉に、なんだか安心感を覚える。


 私は今日の、この何にもない日がずっと続くのが怖かったんだな、と思った。

 誰にも必要とされずに日常が続くことが。


「フィスラ様だって、お散歩じゃないんですか?」


「私は、仕事の書類を提出しに来ただけだ。君と一緒にしないように。この後もまた仕事に戻る。研究がちょうどいい所なのだ」


 そう言いながらも、ベンチの私の隣に座る。真っ黒の大きい人が隣に座ったので圧迫感が凄い。


「あれ、今お仕事中で忙しいって言ったばっかりだったのに」


「これから世話になる上司に会ったのだ。お茶ぐらいは出すように」


「もーここは私の部屋じゃないんですよ。都合よくお茶なんてあるわけないじゃないですか」


「なんだか喉が渇いたな」


「うーん。じゃあ私のあげましょう」


「飲みかけを渡す割に偉そうだな」


 強請ったくせに図々しい。私のカップを渡すと、大人しく目を細めて飲む。


「ここの世界でも、星は綺麗ですね。……日本では、特に私の住んでいた地域ではあまり星が見えないんですよ」


「地域によって違うのか?」


「そうですね。人がたくさん住んでいて、街の中には灯りがたくさんあって、明るすぎて星が見えないらしいです。……それに、しばらく星なんてゆっくり見なかったのでかなり新鮮です」


「そうだったんだな。私も、星を見たのは久しぶりだ」


 静かに頷くフィスラの言葉が、素直に耳に入ってくる。

 二人でただじっと上を見ていると、気持ちが穏やかになってくるのを感じる。


「ここでも月があるんですね。とっても綺麗。ここだけ見ているとただ外国に来ただけみたいな気がします」


「……ここも、外国みたいなものだろう」


「私の世界には魔法はありませんでしたよ?」


 難しい顔して真面目に言うから、吹き出してしまう。異世界と外国じゃどう考えても違うと思う。


「魔法はないけれど、他の動力があったと言っていただろう? 魔法もそれと同じで、あると便利な力だ」


「そう、ですかね」


 それぐらい軽く考えていいのだろうか。


「開発は面白い。君の世界に近づけることも、きっと可能だ。一緒にそういう仕事をしていこう」


 お茶を飲みながらすまして言う彼に、ああ、慰められているんだなと思った。

 彼の言葉の暖かさが胸に広がった。


「頑張ります……」


 頷いた私を見て、フィスラはさっと立ち上がった。そして、さっとマントをかけてくれる。

 フィスラの体温が残っていて暖かい。


「ごちそうさま、ツムギ。私はこの後も仕事だ。冷えないうちに帰りなさい。……王城だから安全とは言え、こう暗がりだと何かあるかもしれない。仕事前に体調を崩さないで貰いたいものだ」


 そう言い残すと、フィスラはさっと立ち上がって城の方に向かっていった。


 最後は厳しい顔で上司のように言い置いていたが、心配しているとすぐにわかった。


 フィスラと話してなんだかすっかり気持ちが軽くなった私は、薔薇の香りのなか満天の星をしばらくぼんやり眺めていた。


 **********


 外が明るい。


「おはよう、ツムギ」


 窓に目をやると、カーテンが開かれており、朝日が差し込んでいる。

 朝日がまぶしいのは異世界も同じだ。


 夜には閉じていた気がするから、マスリーが開けたのかもしれない。


 机に目をやると、昨日のバスケットや飲みさしも片付けられていた。そして、代わりに水差しとグラスが置いてある。至れり尽くせりだ。


 私はベッドから出るとグラスを手に取り、水を注いだ。


「私に言ってくれれば、水ぐらい用意したのだが」


 水はおいしい。


 昨日は部屋に帰って手持無沙汰を誤魔化すために飴をなめた後、そのまま寝てしまった。そのせいで口の中が気持ち悪い。そういえば、異世界では歯磨きに何を使っているのだろう。


 私はごくごくと水を飲みほした。


「ツムギ。今日の朝食も一緒にさせて頂こう」


 グラスをテーブルに置く。グラスは形は足つきで凝ってはいるものの、普通に透明の日本で使っても違和感がないものだ。透明で硬く、質感も変わりがない。


 異世界で魔法があっても、基本的な生活は変わらないものだ。

 かなりランクアップしているが。


「ツムギ?」


 ぐぐっと、グラスと私の間に綺麗な顔が挟まってきた。


 ここまでされるといい加減スルーはできない。

 私の部屋は出入り自由なのだろうか。諦めて、挨拶をする。


「おはようございます。……ちょっと集中して、私はガラスについてとてもまじめに考えていたのです」


 私のスルーについて何も感じてないように、フィスラが首を傾げた。


「ディアラスについてか?」


「なんですかそれ?」


「ガラスの原料の魔物だが」


 異世界というのは恐ろしい。見た目は同じでも、原料は全く違うようだ。

 私はこれ見よがしにため息をついた。


「フィスラ様は、何故私の部屋に今日も朝からいらっしゃるのでしょうか」



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