第9話 可愛い実験

「もうナイフは出てきませんよね?」


 ゆったりとした高そうな椅子に座らされて、なんとメイドが出てきてお茶を入れてくれた。

 メイドってどこにでもいるんだ、と感心してしまう。


 フィスラの研究室は三階の半分らしい。こちらは書類仕事用の部屋らしく、大きい執務用の机と、休憩用だろう大き目のソファ、お茶ができる四人掛けのテーブルセットが置いてあった。


 ここだけで、私の日本での家の全部よりも広い。


 フィスラは同じテーブルに隣り合って座っている。

 ソファではなくて椅子なので、そこまで近い感じはしないけれど。


「私の事を一体なんだと思っているのだ」


「私の事をモルモットだと思っていると思っています」


「モルモットとはなんだ?」


「実験動物の事です。何かを調べるときに使う動物の総称というか。……ここではなんて言うんでしょう」


「なかなか残酷な話だな」


「ナイフで手を切ろうとした人が言うことじゃないですよ」


「私は回復前提だから、問題ない」


 この人には痛覚はないのだろうか。でも、圧倒的に下の立場の私は、あまり文句を言っても仕方がない。


「手を出してくれ」


 覚悟を決めて私が手を出すと、思いがけず優しい仕草で手を取られる。彼は小さなガラス瓶を取り出し、私の手の上に液体を垂らした。


 普通の水みたいな感じで、それは手のひらを伝ってそのまま床に落ちた。


 この部屋の床はタイルのような素材なので、濡れても安心そうだ。

 私がほっとしていると、フィスラはじっと私の手を見ていた。


「何の変化もないな。これは通常なら触れたところに赤い色がつく液体だ」


「色がつくだけなんですか?」


「そうだ。犯罪者の識別に使われたりするものだな」


「これはこれでかなり危険じゃないですか! 犯罪者と間違えられたら大変すぎますよー」


「……私に消せないはずがないだろう」


 ため息と共に言われるが、自分で消せない以上は死活問題だ。


「魔法が効かなければずっと付く可能性があったのでは?」


「それは盲点だったな。初めてのことで、常識にとらわれているようだ」


「大分危なかったですね私。……でも、変わらないですね」


「そうだ。意識したことはなかったが、魔力に反応して色が変わっているのかもしれない。床を見ろ。変わっていないだろう?」


「そうですね。というか水自体消えましたね」


「色がつく水がずっと残ると大変だろう、数秒で消えるようになっている。君と床は魔力がないから色がつかずそのまま流れたと思われる」


 私と床は同じジャンル。


「後は、これだ。中ものものを持ってみてくれ。問題なければまたそのままこの箱に戻してほしい」


 箱に入れられた丸い玉のようなものを差し出される。


「爆発したり、しないですよね?」


 答えない相手にびくびくとしながら玉を取る。案外軽いが特にこれといった特徴のないつるつるとした玉だ。軽さと手触りはスーパーボールに似ている。懐かしさに跳ねさせてみたい欲求にかられるが、我慢して箱に戻す。


「やはり、何も起きないな」


「そうですね。これも色がついたりするんですか?」


 コンビニの防犯ボールを思い出してそう言ったが、フィスラは首を横に振った。


「これは爆発する」


「えええ。危険すぎないですか? もし爆発したらフィスラ様も巻き添えですよ?」


「まあ、爆発と言っても可愛いものだ」


「可愛い爆発なんてあるんでしょうか……」


「中に入っているのは、細かく刻んだ紙だ」


 本当に可愛い爆発だった。クラッカーみたいになるのかな。それはそれでちょっと見てみたい。


「ちょっと楽しそうですね。子供のおもちゃですか?」


「いや、これは昨日私が作ったものだ。子供のおもちゃにするには高価すぎるな」


「昨日……。フィスラ様、眼鏡も作ってこれも作ってって、寝てますか?」


 更に言うなら早朝から私の部屋にも来ていた。


「寝なくても済むように、ポーションを飲んだから問題ない」


「駄目ですよ。あ! 良く見るとクマっぽくなってますし顔色も微妙です。せっかく綺麗な顔に生まれて来たのでもったいないですよ!」


「……顔は関係あるのか?」


「大有りです! 顔がいいから許されてる部分、絶対あると思います」


「それは私の能力に対し微妙に失礼ではないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る