第8話 研究塔

 整った顔で憎々しげに見られると余計に傷つく。

 顔がいいっていうのはやっぱり暴力と同じではないか。

 そして、フィスラが居なかったらやっぱり私の立場ってかなり危ういのではと思う。


 恭しくしろとまでは思わないけれど、召喚されたのは間違いないのだ。


 せめて何か私にも気を使うべきなのではないのだろうか。

 少なくとも、被害者はこちらだ。

 しかし、王子様の中での私の価値はゴミのようだ。フィスラの研究棟で役に立たないってことがばれたら、何もなくその辺に捨てられる可能性もある。


 むかつきを胸の奥にしまい、私は粗相がない様に、にこやかな顔を保つことにした。


「無魔力だからこそ、価値がある可能性がある。それを確かめに行くところだ」


「可能性はすぐに潰えると思うが」


「そうですね。そうであれば、すぐに聖女の助力に向かうと約束しましょう。そもそも、魔法師団としては聖女への協力を惜しむつもりなど全くありません」


 にっこりと笑ってはいるものの、フィスラからははっきりとした拒絶を感じる。


「……わかった」


 フィスラの圧力に耐えかねたのか、不快そうな顔のまま王子様は去っていった。


「王子様怒っていましたね……」


「言いたくはないが、能力不足が原因ではないか? まだ聖女が来て一日だぞ。基礎実験の段階ではないか」


 誰が聞いているかもわからない場所で失礼な事を言い始めたので、それ以上失言が出てこないように私は返事をしなかった。


 こういうのってすぐ不敬罪で捕まるって、見たことある。

 しかも、どう考えても立場的に私だけ掴まる理不尽な展開だ。


 フィスラに対してスルーもかなりの不敬だという事に、私はまったく気が付いていなかった。




 **********


 研究棟は、言葉の通り塔だった。


 石造りの頑丈そうな壁に、重厚な木の扉がついている。四角い三階建てで、威圧感のあるつくりだ。

 王城の中心からは少し離れた所にあり、それでも完璧に手の入った庭が広がっているのですがすがしい。

 いい所だ。


 これはひとりで来なくてよかったかも。


 王城自体も想像したよりもずっと広く、ぐるりと塀で囲われていると聞いたけれど、端がまったく見えないところもあるぐらいだ。

 説明されたところで、迷う可能性が高そう。


 この中だけで一生暮らせそう。……客室として私にも一室くれるぐらいなのだから、暮らせるのか。


 この広さがあれば運動不足など考える必要もない。

 現にもう疲れている。


 規模の大きさに呆然としていると、フィスラに手招きされる。


 塔の前には王城の敷地内にあるにも関わらず、扉の前には二人兵士が配置されており緊張感がある。


「どうしたそんな所で立ち止まって」


「兵士が居るのって身近になかったので、びっくりしていたというか」


「そうか。そこら中に配置されているので、ここで暮らすつもりなら早く慣れなさい。挨拶等は特に必要ないので、置物だと思えばいい」


「わかりました」


 ……私、ここで暮らせることなんてあるのかな。

 同じ日本人のよしみで聖女のお世話係、とか。やりたいかはわからないけど、生活は安定しそうだ。


 日本でも特に何か目的をもって暮らしていた訳じゃないから、それでもいいのかな……。


 自分の意志なさに、ため息が出る。


 フィスラが扉の前に立ち手を扉につけると、自動的に扉が開いた。


「自動なんですね。重そうな扉だから、大変そうだなって思ったので便利ですね」


「それよりも、仕組みのすばらしさに注目してほしかったな」


「わー仕組みもきっと素晴らしいです驚きました」


「心がこもってないぞ」


「……日本にも、同じようなものがあったので」


「ないと聞いていたが、ツムギの世界にも魔法があったのか?」


「いえ、違う仕組みで動いていたんです。残念ながら私には知識がないので説明はできないんですが。魔法がない分別の誰でも使える動力が発展していたんです」


「そうか。説明が聞けないのは残念だ。どちらにせよ、魔法が支配するこの世界での再現はできるかわからないけどな」


 あまりがっかりした様子もなく、扉の中に入っていく。

 入ると、ずらりドアが並んでいた。


 建物内は窓がないのになぜか明るい。

 雰囲気は窓がない学校のようだ。


「ここの一番上が私の研究室となる。そこに行こう」


「ここって静かですね」


「大がかりな実験をするものもいるので、部屋ごとに防音の魔法陣を定着してあるからな。もっと危険なものはここではやらないように通達をしているが……たまに守らないものも居るので、気を付けるように」


「それって私が気を付けて何とかなるものですかね」


「私と居れば基本的には安全だ」


「ずっと離れません」


 私の心からの決意には返事がなかったけれど、言葉通りくっつくレベルで近くに居つつ階段を登っていく。


「近いな」


「それはそうですよ! 私には身を守るすべが全くないので、何かあればくらいついていく所存でございます」


「言葉遣いがおかしくなっているぞ。まあ、研究する前に居なくなられても困るので、近くに居てくれ」


 そう言って、優しげに笑いかけるフィスラは、まるで二次元から出てきたように完璧だった。


 内容は終わっていても、どきどきしてしまう程に。

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