第10話 世知辛いポーション事情

 抗議は無視してじっと顔を見る。

 疲れが滲む顔だ。


 研究用の実験はともかく、睡眠時間を削って眼鏡を作ってくれたなんて、優しいな。

 冷たい感じで口も悪いけれど、いい人だ。


 少なくとも、私には優しい。


「ポーションも使ってみよう。ポーションとは魔力を回復するもので、とても貴重なものだ」


「え? そうなんですか?」


 ポーションと言えば、冒険中に魔力が切れたらすぐさま飲むアイテムというイメージで、希少性について感じたことはなかった。


「そうだ。心して飲むように」


「なんか素材が高かったりとかするんですか?」


「素材自体は特に珍しいものではないな。液を作るのも、まあ魔法師団に所属しているものなら問題なく作れるだろう」


 魔法師団のレベルがわからないが、どうも作るのも簡単ではなさそうな気配がする。


「それでなんで高いんですか?」


「値段じゃない。魔力が貴重なのだ。この世界ならだれでも魔力を持っているが、通常その魔力量はそれほど多くない。そして、きちんと魔法を行使するためにはある程度の技術が必要だ。魔力量があるものは貴族に多く、そういうものは魔力を使う仕事にほぼついている。それはわかるな?」


「魔力があるといろいろ出来そうですものね」


「そうだ。ポーションは魔力を保存する液だ。貴重なのはわかるだろう」


「どういうことですか?」


 全く分からなかったので質問すると、フィスラは哀れな目で私を見た。


 冷たい目よりも悲しい。

 それでも、ため息をついて答えてくれる。


「日中使用しているので、ポーションに保存できる魔力は少ないという事だ」


「……もしかして、保存ってそのままの意味ですか? 魔力を入れるとその分の魔力が取り出せる的な」


「その通りだ。やっとわかったか」


「私達の世界では、小説やゲームでポーションが出てくるんですけど、それは薬草とかを調合して作る、魔力が回復するアイテムって感じだったんです。魔力を保存ではなく、飲むと回復するアイテムという感じでした。保存だと全然意味合いが違いますね……」


「そんな便利なものがあれば、すぐさま使いたいものだ」


 ため息をつかれた。


 この世界ではポーションがただ魔力を保存できる液だったとは。

 本数が作れるはずがない。


「これがポーションだ」


 緑色の液体が小さいガラス瓶に入っているものを、フィスラは取り出した。

 じっと見ても特に何の変哲もない液体に見える。


 さっと渡されてそのまま受け取ったけれど、瓶自体も不思議なところはない。


「飲むと魔力が吸収されて回復する。飲んでみてくれ」


「……美味しいですか?」


「早くしろ」


 軽口は全く通じず、冷たく返される。仕方なく瓶を開けて匂いを嗅いでみる。草っぽい臭いはするものの、そこまで変な匂いではない。

 じっと見られているのでプレッシャーが凄い。


 諦めて一気にあおる。


「思ったより普通の日本茶っぽい味でした。でも、美味しいって程ではないかな」


「私が聞いているのは味ではない」


「身体の変化は特に感じません」


 首を傾げつつ報告すると、がしっと頭を掴まれる。


「魔力は相変わらず全くないな。本当にもったいない」


「もったいないとか言わないでください!」


「私の魔力だぞ。希少だ」


「ううう。希少っぽいですけど余りものでもありますよね」


「そうとも言えなくもないが、欲しがっているものは多数いるので価値は高い。もったいないであっているだろう」


「不可抗力です……」


 自分で飲ませておいて酷い言いようである。


「それにしても魔力って儲かりそうですね」


「そうだな。戦争などでポーションが多数用意できれば戦況は全く変わってくるだろう。それでなくても魔導具の作成には魔力がたくさん必要だ。魔力はあればあるだけ良いな」


 せめて魔力が豊富だったら、それだけで大事にされたのかもしれない。


 その後も別の薬を飲まされたり、謎の棒を持たされたりしながらフィスラは私の体質を確認していく。


 火の魔法は熱いし、水で手を洗う事もできた。

 魔法で存在しているものに関しては干渉できるようだ。


「結論から言うと、魔力に反応するものとしない魔法があるようだ。その辺の選定を行っていきたい。今後に生かせるものがあるかもしれない」


「……それは、このままここで生活できるくらい役に立てる可能性があるという事ですか?」


 私が緊張しながら問うと、フィスラは鷹揚に頷いた。


「私が君を個人的に雇おう、ツムギ。これからよろしくな」


 その笑顔の裏に、モルモット逃がさないという意思が透けて見えた。

 それでも、しばらく私の生活が保障されるのは間違いない。


「よろしくお願いします!」


 私はすぐに飛びついた。


「色々な可能性がありそうだ。今すぐは、爆発性のものを身につけさせて、相手が油断して触るのを待つなどの暗殺での活用しか思いつかないが……」


「頑張って! 研究しましょう」


 暗殺などに使われるのは困る。ともかく研究で結果を出す必要があるとわかった。


 私にも提案できるものがあるかもしれないから、全力で探すことにしようと固く決意する。


「それだと使い捨てになるからな。安心しろ」


 全然安心できないような言葉を、安心させるように目を見て言われる。


 私は異世界の生活の安定を祈った。

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