第23話 市場調査
「え? 今なんて言いましたか?」
「買い物に出かけようと言ったのだ。君は目だけじゃなくて耳も弱いのか?」
お堅いフィスラからそんなお誘いが来るとは思っていなかった私は、目を瞬かせた。
「大分失礼な言い方でしたけど、お買い物のお誘いでしたか?」
「そうだ。この程度もわからないとは庶民というのはつらいものだな……かわいそうに」
「また失礼なこと言いましたね。ええと、何か買ってくれるんですか?」
「君は何か欲しいものがあるのか?」
何故か悩むような顔で言われれば、首を傾げてしまう。
引越し中ではあるけれど、もともと部屋にはフィスラが手配した家具が置いてあり、マスリーがどこからか持ってきた敷物をひいてくれた。
ベッドは安定で豪華だし、リネン類はホテルのように日々交換されている。
「確かに欲しいものと聞かれれば、あんまりないかもしれませんね。ちょっと部屋が殺風景な気がしなくもないですけど。あ、本が売っていればほしいです」
「本は図書館にあるものではいけないのか? メイドに持ってきてもらえると思うが」
「ええと、もうちょっと俗物的なものが欲しいというか、恋愛ものとか読みたいなーなんて」
私が言い淀みながら伝えると、フィスラは鼻で笑った。
「恋愛もの、ね」
「楽しいんですよ本当ですよ! フィスラ様は恋愛ものなんて読まないと思いますけど……」
現実が小説のようにもてそうだ。私は本に夢を見ているのだほおっておいてほしい。
「人の趣味にはケチをつけない主義だ。問題ない」
「さっきの笑い方は絶対ケチつけてました!」
私が反論するとフィスラは大きく笑った。
「まあ、君は文字も読める事だし、本屋に連れ行ってやろう。好きなものを買うといい」
「わー嬉しい! 庭園で活字読みながら紅茶とか夢のような生活が……! 楽しみにしてます」
「ツムギはこれから仕事が始まるのを忘れないように」
浮かれていたら、注意されてしまった。も
ちろん忘れてはいないけれど、この間の夜の散歩も良かった。
「そもそもここに住んでいる人は、お買いものはどうしてるんでしょうか」
「定例で商品を持ってくる商会があるのでそこから購入するか、城下町まで下りて買い物に行くかのどちらかだ。城に住んでいないものも多数いるので、そういう者たちは普段城下町に住んでいる。治安も良く物も悪くないので、買い物ならここに来るのがいいだろう。それ以上進むと治安が悪い部分もあるので注意するように」
意外と注意事項が優しい。
「わかりました。フィスラ様は何が買いたいんですか?」
「……市場調査だ」
「なんだか曖昧な理由ですね……怪しい」
「……今日は市場調査でどうしても城下町に行きたい」
フィスラからは何か思いつめた気迫を感じたので、私は良くわからないまま素直に頷いた。
そのまま塔の前で着替えて待ち合わせをしたけれど、マスリーから勧められたのは動きにくそうなドレスだった。
フィスラも正装ではないだろうが、あからさまに貴族的な服を着ていた。
「なんだかお忍び感がない服装ですね……」
「何故そんな発想になったのだ。お忍びだといつそんな話をした」
「なんていうか、こういう時ってラフな格好をしてお忍びで城下町を探索! というイメージだったんでびっくりしました」
「こちらの方がびっくりだ。これから買い物をするのになぜ身分を隠す。身分を隠すとそもそも入れない店だってあるだろう?」
「一見さんお断りのお店があるだなんて、私ひとりじゃ買い物行けなくないですか?」
「市場もやっているので安心するといい。私が見たい魔導具に関しては、ある程度の身分がないと見れないが、君が正式に入団すれば証明書を渡すので問題ない」
「そんな高級店にひとりで行くのはこわいです……」
「その時は私に相談してくれれば付き合おう」
それはそれでこわいな、と思ったけれど口には出さずに馬車に乗り込む。
馬車は申請すれば誰でも使えるらしい。有り難い制度だ。
「……平民が使える馬車は乗り心地が良くないので、どこかに行く際には私か他の誰かを呼ぶように」
気まずそうに告げられた内容は世知辛い。でもあからさまにいい布を使っている内装は、それはそうだよなという感じだ。
平民が使って汚したりすれば、弁償が難しいに違いない。
馬車は優雅に門を抜け、すぐに喧騒があらわれた。
城の様子から予想はしていたが、この国は裕福な部類のようだ。もちろん日本のようにビルが建っていたりなんて事はないが、城を出てすぐは大きな戸建てが並んでいる。
「ここってやっぱり貴族の人が住んでるんですか?」
「そうだ。よくわかるな」
「すごい広さですし、なんか定番かなあと」
「ツムギの国もそうだったのか?」
「日本に貴族はいません。……召喚される聖女っていつも地球からなんですか?」
「前にも言ったかもしれないが、聖女に対する資料は極端に少ないんだ。だが、たぶん決まっていない」
「不思議ですねー召喚って」
「そろそろ着くぞ」
馬車が止まったのは大きなお店のすぐ前だった。フィスラは先に降りて、エスコートしてくれる。階段なんて一人で降りられるのに、手をとるのが照れ臭い。
貴族マナーは自分に自信がないと、申し訳なくなるばかりだと思う。
「まずは食事にしよう。お嬢様」
私の気持ちを読んだかのように、綺麗な笑顔でフィスラは私の手を握った。
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