第29話 楽しい転移


「今日は聖女の浄化についての確認事項がある。聖女の間と呼ばれるところに一緒に行く。こいつは副師団長のミスリアだ」


「ミスリア・ラリーです。よろしくお願いしまーす。気楽にミスリアって呼んでね」


 塔の自室でフィスラが紹介してくれたのは、くるくるの柔らかそうな薄い茶色猫っ毛が可愛い、年齢不詳の童顔の男の人だった。


 にこにこ笑う姿は人懐っこく、真顔のフィスラとの対比が凄い。

 それでも、気軽に話してくれる人に飢えている私は嬉しくなった。


「わー有難うございますミスリア様! 私はツムギといいますよろしくお願いします」


 手を差し出すと、親しげにぎゅっと両手で握ってくれた。そのまま握りこまれて、首を傾げる。


「手を握るのって、ツムギちゃんの世界の挨拶なのかな?」


「わ。この世界では握手ってないんですね。私の国では手を握り合うとよろしくっていう意味があるんですよ。頬にキスしたりとか、国によって違いましたが」


「そうなんだー。ここではそういうのはないなあ。手にキスをするとかはあるけど。こんな感じでね」


 そう言って私の手を取ったままミスリアは膝を折り、仰々しい仕草で私の手の甲に唇を寄せた。


 その物語のような仕草に、あっという間に恥ずかしくなる。

 これが挨拶だとはすごい。


「おいこら。必要以上にツムギに近づくんじゃない。ツムギも、この男はこんなにこにこと無害そうにしているが、手は早いし危険人物だから気を許すな」


「わーわーコノート師団長ってば冷たい言い方だー。僕は悲しいよ」


「変な泣き真似をするな!」


「意外と人気なんだけどなあ。こういう感じって」


 ねーと私に首を曲げて同意を求めてくる。つい、つられて自分も同じ角度でそうですねーと返してしまう。

 楽しくなっていると、ぐいっとフィスラに抱き込まれる。


「やめろ! 私達よりもずっと年上だからな。手管は計り知れない。気をつけろ」


 フィスラの言葉にミスリアをじっとみる。

 フィスラと同じ黒地に刺繍の入ったマントを着ているが学生のようにも見える。


「失礼ですが、おいくつなんですか?」


「えーと、三十五だよ。でもあんまり周りにバラしちゃ駄目だからねー」


「えええ凄いです!」


 アンチエイジングが素晴らしすぎる。何かやっているか聞こうと思ったけれど、貴族の美容関係は値段的に手が出ない可能性がある……迷う。


「何がばらしちゃ駄目だ。こいつの年齢など皆知っているから本気にしないように。そして、こんな風に見えていても、この男は魔力耐性が非常に強い。魔法はやや悪い部分もあるが、私の隣に居ても問題なく、研究にとても便利な男だ。顔を合わせる機会は多いだろう」


「よろしくお願いします。……後で、良かったらでいいんですけど、美容方法教えてください」


 結局童顔の魅力に負けた私がこっそりお願いすると、ミスリアは笑って頷いてくれた。嬉しい。


「じゃあ移動だ。ツムギ、ここからは機密事項となるので気を付けるように」


「わ……わかりました」


 フィスラの重々しい言葉に動揺してしまう。案内された部屋はフィスラの研究室から更にもう一室奥にある小部屋だった。


「ここから転移する。ツムギは転移は……召喚時を除けば初めてだな。酔うといけない。私の隣にいて掴まっていなさい」


 部屋の真ん中に立っているフィスラが手招きする。

 私は意味がわからないけれど、なんだか重い雰囲気にやられて心細くなっていたので、有り難く腕を掴ませてもらう事にする。


 フィスラの身体は大きく、腕にぎゅっと掴まると、安心感がある。体温が温かい。


「助かります! よろしくお願いします」


「……いや、そうだな。腕に掴まっていた方が効率的だろう」


 何か言い淀むフィスラだが、なんだろう。大きい身体に身を寄せると、フィスラがそっと背中に手を添え身体を引き寄せてくれた。

 安全そうだ。


 そんな私達の様子を、ミスリアはほほえましそうににこにこと見ている。最初はやはり危険なのだろう。


 もう一度しっかりと掴む。

 万全だ。


「楽しい転移になりそうで良かったですね! コノート師団長」


「余計な事をいうな馬鹿」

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