第30話 聖女の間と瘴気

 二人は慣れているのか、特に気を付ける様子もなく気楽そうだ。


 足元が不意に光った気がして下を見ると、魔法陣が光を放っている。見ると、フィスラは涼しげだが、ミスリアは少し険しい顔をしている。


 そして、目の前がぼやけたと思うと少しの浮遊感があり、次の瞬間にはもう別の場所に居た。


「わー凄い! これが移転って奴なんですね。凄く便利だしいいですね! 旅行とかにもあっという間に行けちゃう」


 魔法陣だけでどこにでも行けるなんて便利すぎる。羨ましい。魔法って本当に凄いなときめくなあ。


 これが自由に使えるとか、フィスラの人生はとっても楽しそうだ。

 実際研究三昧が楽しい感じだもんね。


「そんな感じなんだねーツムギちゃんには」


「どういう事ですか?」


「この転移陣は大量の魔力が居るから、師団長の魔力の圧にやられちゃう人も多いんだよね。更に転移では魔力が揺らぐから、使う魔力が多ければ多い程、意識を保つのが大変なんだよ」


「そうだったんですね。便利だと思ったんですが、使える人ってそう多くないって事なんですね」


「そうだよー圧倒的に師団長は魔力が多いから、普通の人だと倒れちゃうよね」


「ええ。そんなになんですね。ミスリア様は大丈夫そうに見えますが」


「ミスリアは鈍感だからな」


「魔力抵抗が高いって言ってくださいよー」


「そうなると私は不感症ですね。まったく何もわかりませんでした」


「ちゃんと転移はするし、便利だよね。ここに連れてきた師団長の気持ちがわかったよー」


「ここ?」


 周りを見ても、真っ暗で殆ど見えない。私の疑問にミスリアはいたずらっぽく笑うと、手を上にかざした。

 その瞬間、周りがパッと明るくなりこの部屋の全貌が見えた。


 ここは、召喚の時に使われたあの教会のような場所と似た雰囲気だった。

 広さはフィスラの執務室ぐらいだけど、周りには宗教画のようなステンドグラスがあり、一番奥には祭壇があった。


 祭壇の前には、色々な神器のようなものが置いてあり、荘厳な雰囲気を出している。


 祭壇の上には、不思議な色をした丸い水晶のようなものが飾られている。

 見るたびに色が違う不思議な輝きを持ったそれは、一瞬で神様を信じてしまうような神聖さがあった。


「きれい……」


「そうだろう。あれはきっと人間の欲望を詰め込んだものだ」


 ため息ともに呟くと、隣にいるフィスラが私を祭壇から遠ざけるように手を出した。


「欲望……?」


「あれは、瘴気を溜めているのだ。瘴気というのは、人間がいる限りうまれると言われている。瘴気が飽和すると、魔物が暴れ出す。これを浄化するのが聖女になる」


「それは……かなり、大変なお仕事ですね」


「そうだ。通常ならば瘴気に触れると、気が触れてしまう。この距離なら問題などないが、圧は凄く感じる」


 私の前に差し出されている手は、私を思っての事なのだろう。私は何も感じていないのを知っているのに。


「フィスラ様でもつらいんですか?」


「……そうだな。良くはない」


 よく見ると、額には汗がにじんでいる。ミスリアも、険しい顔をしている。この場で私だけが、異邦人なんだと感じた。


「ここで何をするんですか?」


 ずっと居るのは良くなさそうなので、本題に入ろう。


「いや、今日はここまでだ。ツムギが何も感じなかった、というのは新しい発見だ」


「え? これだけですか?」


「そうだ。ここの空間は瘴気がある。危険度は高い。あまり長居して影響があるといけない」


「そうだよー具合悪くなってからじゃ遅いからねー。特にツムギちゃんは回復魔法が効かないっぽいし」


「……わかりました」


 なんだかとても拍子抜けではあったけれど、二人はまじめな顔で頷いている。それが心配だとわかるので、私も駄々をこねずに頷いた。


 元の部屋に戻ってくると、二人ともほっとしたようだった。フィスラは私の肩にそっと手を置いた。


「まだ仕事の契約がはじまる前なのに悪かったな」


「いえいえ! 大丈夫です」


「ツムギちゃんは聖女お披露目が終わってから正式登用なんだっけ。パーティーって面倒だよねー」


「ミスリア様も参加ですか?」


「そうそう。こう見えて貴族の一員だからね」


 ふふふと笑うミスリアは、貴族っぽく見える。

 謎のジョークだ。


「聖女お披露目の前に、ツムギをこの部屋に連れてきてみたかったんだ。ありがとう」


「それって、聖女様がこの部屋に来る前に?」


「そうだな。聖女お披露目の後は、直接指南するのは逃れられそうもない。まだ不確定要素が大きすぎてどうなるかわからない。でもミッシェ殿下が相当入れ込んでいるからな」


「そうかー。あの力に抗うのは魔力抵抗ちゃんとやってないとだよねえ。師団長なんていつも基礎を大事にして守ってるのに。本来殿下なら抵抗きちんと勉強しててもおかしくないけどね……」


 不敬っぽいミスリアの言葉にフィスラはため息をついた。


「殿下に期待するのはやめておこう」

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