第48話 ブラック思考

 控えめなノックで、扉が開く。


 綺麗な刺繍を施されたマントをかっつりと着こなしたフィスラが入ってくる。デートっぽくてちょっと気恥ずかしい。


 食事は軽めに、ソファとテーブルでとる準備をしてもらった。お酒も用意してある。


「今日は、あの化粧ではないんだな」


 思いっきり飾り立てることも考えたけれど、やっぱりそれは自分らしくない。濃い化粧は楽しいけれど、それは武装でもある。


 今日は、いつものメイクでいたかったのだ。マスリーと相談して、この薄いメイクに合うパステルカラーの緩めのドレスにしてもらった。


「そうです。あれはあれで似合ってるとは思うんですけどね」


「こちらも可愛い、と思う」


 ソファに並んで座ると、距離が近くてどきどきとする。心臓の音が聞こえてしまいそうで、慌ててグラスを取る。


「ありがとうございます。乾杯しましょう! ね」


「大分早急だな。久しぶりに会ったのに冷たいのではないか?」


 ずいっとフィスラがさらに距離を詰めてくる。

 膝と膝が触れ合いそうだ。

 ううう。喪女にはレベルが高すぎる。


 私の動揺を拒否と受け取ったのか、フィスラは拗ねたような顔をする。可愛い。


「冷たいんじゃなくて、恥ずかしいだけです。フィスラ様は何にもなさそうですけど、なんだかとっても意識しちゃうんですよ」


「私が意識していないとでも?」


 フィスラは、ふっと笑う。その顔は真剣で、その瞳に引き寄せられるように目が離せない。

 良く見ると頬は少し赤いし、愛おしげに頬をするりと撫でられる。


「やっと、君に触れられるようになった」


「その台詞はかなり恥ずかしいです……」


「本心からなのだが。君だってそうだろう?」


「それは、そうですけど……」


 本当に嬉しいのに、恥ずかしくて全然言葉にならない。


 話したいことはたくさんあったし、触れ合いたいと思っていたのに緊張で身体が動かない。

 そんな私を見かねたのか、グラスを取りお酒を入れて渡してくれた。


「困らせたいわけではないのだ。乾杯をしよう。お祝いに持ってきたが、君も用意していたのだな」


「ありがとうございます。気が合いますね。先にフィスラ様のを開けましょう。ええと、何に乾杯しましょうか」


「そうだな。二人の再会とこれからに未来に?」


「なんだか漠然としていますね」


「じゃあ聖女ツムギに」


「わーそれは嫌です。やっぱり二人の未来にしましょう。楽しく過ごせそうな未来を祝って」


 二人のグラスを合わせると、きれいな音がする。

 くっと一口飲むと、さわやかな果実の香りが口いっぱいに広がる。


「相変わらずいい飲みっぷりだな」


「美味しいですねこれ」


「そうだな。うちの領地で作るワインの中ではかなり高級な部類に入る」


「うわーそれは大事に飲まないと!」


「領民の為にもぜひとも味わってくれ」


 これは献上品って奴ではないだろうか。凄く高級そうだ。

 高そうだと思うとよりおいしく感じる気がする。がばがばと飲んではいけないと、しっかりと味わうことにした。


「ゆっくり飲むのにいいお酒ですね」


「久しぶりに一緒に過ごすんだ。酔ったらもったいないだろう」


「これからいくらでも一緒に居られるんじゃないですか?」


 ふふふ、と笑って言うとフィスラは不思議そうな顔をした。


「何故だ? これから君の魔力と聖女の力、瘴気を閉じ込めていたあの魔導具の研究とやる事がたくさんあるだろう。ゆっくり食事をとるのは難しいのではないだろうか」


 これは本気だ。


 止めたところでどうにかなる気がしない。私もきっと研究に付き合うことになりそう……。

 体力は心配だけれど、一緒に居る時間は長そうだ。


 それはそれで楽しそうだと思ってしまうのは元ブラック勤めだからか、それともフィスラとだからか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る