第40話 聖女の襲撃
汚れた手を嫌そうにミッシェが払っている。
「どうしてこんなことをするの! 何が目的なの!」
どうしても我慢できずに、涙が出てしまう。
私が叫ぶのをミズキは楽しそうに微笑んでみている。
「何が目的って、聖女の間に連れていってもらうのよ。なんだかコノート師団長は私の事を全然好きにならないのよね。嫌だわ」
「信じられない男だ」
「あの人に聖女の間に連れていってもらうのを待っていたら、なんだか嫌な制約をかけてきたりしそうだから、不意打ちすることにしたの」
ふふふ、と笑う彼女はちょっとしたいたずらを仕掛けたような可愛さで言う。
この状況でなければ、ただ彼女の無邪気な笑顔にほほえましく感じただろう。子供のような残酷さなのだろうか。
底知れない恐ろしさを感じる。
しばらくして、慌てた顔をしたフィスラが部屋に入ってくる。そして、騎士に掴まっている私を見て顔を青くした。
ミズキはフィスラの顔がゆがむのを嬉しそうに見て、この雰囲気にあわない綺麗な礼をする。
「こんにちは。良かったわすぐに来てくれて。最近はこそこそしていてさっぱりお会いできなかったですものね。講義も急にお休みなんですもの。寂しかったわ」
「これは一体、何をしているんだ」
怒りを滲ませるフィスラの視線をものともせず、ミズキが小首をかしげる。
「全然お会いできないから、フィスラ様を呼んでいただこうと思って。こんなにすぐにお会い出来るだなんて、ツムギを訪ねたのは正解でしたわ」
「全く、聖女の要望を聞けないとは。早く聖女の間に連れて行くんだ」
「お言葉ですが殿下、浄化については万全の態勢で行うべきです。先日もお話しさせていただいたと思いますが。そして、彼女は私の部下です、拘束を解いてください」
静かに告げるフィスラの言葉を、ミズキは一蹴した。
「そういう話をするつもりはないの。聖女の間に連れていかないなら、ツムギは殺すわ」
「なんてことを!」
殺す、という言葉にすばやく反応した騎士が、私の胸元に短剣を当てた。ひやりとした輝きが、恐怖を誘う。
何があっても表情を変えないようにしようと思っていたのに、咄嗟に目を瞑ってしまう。その様子を見たフィスラは、手を握りしめて下を向いた。
悔しそうなその仕草に、私も悔しくなる。
私が捕まってしまったから。
「嫌なら、早く私を聖女の間まで連れて行くことね」
「……わかった。だが、何故こんな事を。遅かれ早かれ、浄化は行うのだ」
「そんな事、教える必要あるかしら? それにあなたは全然私の味方にならないじゃない」
「……魅了の話か」
「そう。見ての通り私の味方はたくさんいるわ。浄化が終わればもっとずっと多くの人が私に傅くようになる。早く行きましょう。それと、ツムギも連れて行くわ」
「何故だ。彼女は必要ないだろう。転移の邪魔だ」
「もちろん保険よ。三人になったら何をするかわからないもの。自爆でもされたら嫌だわ。流石に他の人を連れていくわけにはいかないしね」
「……いいだろう。だが、ツムギを拘束するのはやめろ。手を離してやれ。怪我をしても彼女は回復もできないんだ」
「こんな女、怪我したって関係ないだろう」
「魔法だって使えないただの少女だ。連れていくにしても、このままでは瘴気にあてられて倒れてしまう。私のそばに居なくては、連れて行くのでさえ危ないのだ」
フィスラが譲らないのを見ると、イライラしつつもミッシェは吐き捨てるように了承の言葉を口にした。
掴んでいた私の手を離し、フィスラの方に突き飛ばす。フィスラは抱きかかえるようにわたしの事を受け止めてくれたので、痛くなかった。
私はフィスラの体温を感じたくて、ぎゅうっと抱き着いた。
ミズキの狂気ともいえる行動がこわい。
フィスラは怒りを抑えるかのように、私の背中に回した腕に力を込めた。
「いいだろう。どうせ何もできないんだ。早く案内しろ」
「殿下、もう一度確認します。案内してもいいですが……聖女も危険にさらすことになるかもしれません」
「お前は本当に何もわかっていない。彼女は素晴らしい聖女なんだぞ。ミズキはこんな事で何かあったりしない。お前は聖女の邪魔をしたいのか!」
「そうですわ。私はすべての力を手に入れたいのです」
「……私にも、聖女の書を見せて頂ければ、もっとお力になれると思うのですが」
「あなたの助けが居るのはこの移転だけよコノート師団長」
「……わかりました。こちらに」
表情を消して、フィスラは二人を案内した。表情が読めない騎士たちも一緒だ。私は騎士に取り囲まれながらついていく。
「ツムギ、君は移転したことがないからわからないと思うが、移転はかなり体に負担がかかる。更に、聖女の間は瘴気が充満している。魔力抵抗がなく、聖魔法ももっていない君は非常に負担がかかるので、倒れないように私の近くに居るように」
「わかりました」
私が瘴気に影響を受けないように知っているので、これはミッシェとミズキに聞かせるものだろう。これで、私がフィスラのそばに居ても不自然ではない。
彼の気遣いが嬉しくて、この状況が苦しい。
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