第26話 フィスラの私室


 塔には食堂があり料理人が雇われている。しかし、塔に居る人たちは夜中研究している人も多いらしく、その人達用のキッチンも別に用意されている。


 共同だが、材料は好きに使って良く、更に色々なものが揃っている。

 贅沢な仕様だ。

 メイドだけで使うのは禁止らしく、マスリーに使いたいと頼むと嬉しそうにした。


「作ったもの、私にも少し貰ってもいいですか?」


「もちろん! でも手伝ってくれるかな一人じゃ不安だから」


「料理は人並みには出来るはずです!」


 そう笑うマスリーは心強い。


 この子、仕草は綺麗だし性格は明るいし、貴族のマナーについても詳しくメイド仲間と上手くやっているらしく情報通だ。かなりの優良物件なのでは?


 私には不相応のメイドな気がしてきた。それでもマスリーがもう大好きになってしまっていたので、口にするのはやめておいた。


「何を作るんですか?」


「パウンドケーキ、かなあ。というかそれかクッキーぐらいしか作れない気がする」


 元会社員。

 お菓子作りは多少してきたものの、レシピなど覚えているはずもない。


 同じ分量で混ぜるだけ、のパウンドケーキなら流石に間違えようがない。だいたい二本分作ることにした。

 食事系のケークサレが作れればそれが良かったかもしれないけれど、レシピが思い出せないものは仕方がない。


 甘いものも食べていたから好きだと思っておこう……。チョコも結局食べてはいたし。


「まあ、食べなければ私とマスリーでお茶会しようね」


「何もなくてもお茶会はしたいです!」


「確かに! ふたりだったら出来栄えそんな気にしなくていいから、クッキーも作っちゃお」


「嬉しいです。何かナッツ類混ぜ込みましょう」


「それは可愛い。何か色付けて模様にしたりもしたいねー」


「私、厨房で聞いてきます!」


 ダッシュでマスリーが居なくなる。なんだか女子会みたいで楽しいな。

 私はうきうきとした気持ちで、材料の確認をはじめた。


 **********


 焼きあがったパウンドケーキもクッキーも、素人女子ふたりで作った割に上出来と言えた。


 マスリーが持ってきてくれたラッピングもそれはそれは可愛く、ときめくものだった。更に可愛いカゴに入れ刺繍のある布を乗せる。

 もう絵本の世界かという可愛さだ。


 それを持って、フィスラの自室に向かう。


 塔の中の住居エリアの一番奥がフィスラの部屋だ。と、マスリーに聞いて一人で来てみた。


 最近はずっとミズキと魔法の講義をしているらしく、この時間は休憩で自室に居るとのことだった。


 コンコンとノックをしてみるが、反応がない。

 おかしいな、と思ってよく見れば、呼び鈴があった。しかし、押しても反応がない。もしかして居ないのだろうか。


 しょんぼりした気持ちで部屋に戻ろうとすると、扉が開く気配がした。


「……ツムギ?」


「あれ、もしかして寝てましたか?」


 服装もリラックスしたナイトガウンのようなものになっている。そうはいっても、日本で私が着ていた部屋着とは雲泥の差ではある。


 全体的にいつものピシッとした雰囲気がなく、目も心なしか力がない。


「いや、起きていた。……でも、そうだな。少し疲れているかもしれない」


 目のあたりを押さえるフィスラは、やはりお疲れのようだ。


「あの、ドレスのお礼にお菓子を焼いたんです。もし良ければ食べてもらえればと思うのですが、受け取ってもらえますか?」


 カゴを胸の前まで上げると、フィスラはぱちぱちと目を瞬いた。


「ツムギが焼いたのか?」


「そうです。フィスラ様はどんなお菓子でも手に入るような立場でしょうけど、今私が自分の持っているものでお礼に出来るものって殆どないので……。味はメイドの子と一緒に確認したので問題ないです」


「そうだな。かなり可愛く仕上がっている」


 カゴを覗き込んで楽しそうに笑うフィスラに、急に恥ずかしくなる。男の人に渡すのに、自分の趣味全開の乙女仕様だ。


 顔が見られなくなってしまい、私はぎゅっとフィスラの胸にカゴを押し付けた。


「お疲れなら甘いもの、おすすめですので! ええと、じゃあ、それでは……」


 さっと帰ろうとする私の手を、フィスラが掴んだ。


「ここで帰るのか? せっかくだから一緒に食べよう」


「え、でも……」


「この量を一人で食べるのは大変だろう? 紅茶を淹れてやろう」


 そう言われると、その通りだ。私は下を向いたまま頷いた。

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