第35話 不穏な空気とお誘い
ふふふ、と笑うミズキは全く私の事を見ていない。
気まずい気持ちでミッシェを見ると、ばっちりと目が合ってしまった。
こういう場合は目をそらすのと見続けるのはどっちが不敬なんだろうと内心すごく慌てていると、ミッシェは眉をひそめた。
まずい。見ている方が不正解だったか。
私は慌てて目をそらす。
「お前は誰だ?」
しかし、ミッシェから思いもよらない声が届いた。
まさか顔すらも忘れられていたとは。
聖女じゃない一般人枠だとしても酷い。
私ががっかりしていると、フィスラが私の腰をそっと抱いた。
「これは私の研究助手であるツムギですよ。殿下」
フィスラの声に、何故か殿下ではなく周りの女性からわっと声が上がる。
どうやら私の事を誰だと訝しんでいたのはミッシェだけではなかったようだ。
それはそうか。
ミッシェも驚いた顔をしているが、お前は思い出せ。
私がもやもやとしていると、ミズキがあざける様に笑った。
「今日は化粧をしているんですね。顔がやっとはっきりとしましたわ。良かった」
「ああ、化粧か。前と大分印象が違かったからな。前はかなり地味だったのに、変わるものだな」
なかなか言ってくれるな。
地味なのは事実なので反論ができないのが悔しい。
フィスラも誰だって言ってたし、変わってはいるもののベースは同じだからそこまでじゃないと思ったけれど、考えを改めた方がいいかもしれない。
もしかしたら変装につかえるかも。
それを何にいかしたらいいのかはわからないけれど。
「ミッシェ殿下もパーティーを楽しんでください」
フィスラがさっとしめに入っている。ミッシェは疑問に思った様子もなく頷いた。
「ミズキがどうしてもお礼を言いたいとのことだったのだ。良かったな、ミズキ」
「ええ。本当にありがとうございます」
そう言ってミズキは甘えるようにミッシェの肩に頭を寄せた。まるで恋人のようだ。
何かを見せつけられているようで、もやもやする。
「こちらこそ、聖女のお力になれて良かったです。また明日お会いした時に内容について一緒に考えていきましょうね」
「ええ。そうですわね」
ミズキは意味深に笑い、ミッシェと二人仲睦まじく去っていく。
それをじっとフィスラが見つめている。
その視線に不安になってしまい、私はフィスラの腕に触れた。
「フィスラ様……大丈夫ですか」
「もちろんだ。食事をしたら、少し踊ろうじゃないか」
「食べ過ぎないように、注意してくださいね」
「それはツムギじゃないか?」
「そうです。私が食べすぎないように見張っててねってことです」
「他人任せがひどいな」
冗談を言うと、やっとフィスラは笑ってくれてほっとした。
ケーキを選んでいる最中どころか食べ終わっても、遠巻きには見られているものの誰にも話しかけられなかった。
高位者オーラなのか。
ダンスはフィスラのリードが素晴らしく、驚くほど上手に踊れた気がした。
「ダンスは要練習だな」
フィスラの評価は厳しすぎると思う。
**********
ダンスを踊り戻ったところで、フィスラは私に身体を寄せた。
「今日はもう帰ろう」
食事には未練があったけれど、慣れないパーティーの雰囲気に疲れていた私はすぐに同意した。
馬車に乗ると、ヒールで疲れていた足が凄くだるい事に気が付いた。
靴を脱ぎたい。
ちらりとフィスラを見たが、何一つ疲れた様子を出さないその姿に尊敬する。
「余った食事は何処に行くんでしょう」
どう考えてもこの人数では食べきれないほどの料理が並んでいた。料理自体に手を出している人の割合も多くなかった。
「考えたこともなかったけれど、メイドが食べたりはするんじゃないか? 毒が入っているわけでもないし」
「そうしたら、城内で働く人たちも、今日はパーティーですね」
深夜遅くに豪華な食事でパーティー。ちょっと楽しそうだ。
「……お前はお腹がすいているのか?」
馬鹿を見るような目でフィスラが見ている。馬車の帰り道の話題ではなかったようだ。
違う話題を探して、先ほど気になっていたことを聞くことにした。
「あの、パーティーで気になっていたんですが、」
そこまで口に出したところで、フィスラに強く腕を掴まれた。
鋭い視線が私の方に向いて思わず口を閉じる。これは話題に出してはいけなかったようだ。
これ以上余計な事を言わないようにしなくては。
話題を探すのを諦めた私に、フィスラはため息をついて腕を離した。
「……塔に着いて着替えたら、私の部屋にきてくれ」
聞こえるギリギリの声で呟いたフィスラは、そのまま馬車から外を見る。その横顔にはさっき見た悔しそうな表情が浮かんでいた。
**********
マスリーにメイクを落としてもらい、マッサージをされながらお風呂に入った。
人に介助されるお風呂は恥ずかしかったけれど、足の疲れもしっかりとれてとても有難かった。
ゆっくりな着替えになってしまいフィスラを待たせてしまうとドキドキしたけれど、マスリーはこれでも早いと言った。
「女性を夜誘うなんて……、まさかのそういう事かもしれないので!」
ぐぐぐっと力を込めるマスリーは熱い。でも多分どころか絶対違うと言い切れるのが悲しい。
誘われても、困るけれど。
……もし誘われても、断る。断るはず。
誘われたことを想像してみたけれど、ただの自分の願望な気がしてただ恥ずかしくなってしまった。
全く持って、嫌じゃないんだよなあ……。
この世界に来て、日本に未練がないと言われたけれど、それでもこんなに快適に過ごせて楽しいのは、フィスラのおかげだ。
環境もだけれど、地位の差は凄くあるし日本人の私はともかく貴族のフィスラは、庶民の私なんて雑に扱っておかしくないのに全くそう感じさせない。
責任だけじゃない優しさが、彼にはある。
もちろん仕事への情熱も誇りもとても格好いいと、思う。
この後はもちろんそういうお誘いではないけれど、フィスラの役に立てるようにしたい。
何が起きてもいいように、少し動きやすいドレスにしてもらった。
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