第6話 意外と過保護

 私のイメージする貴族が使っている長いテーブルの端と端ではなく、十人掛けに向かい合って座ったので、話はしやすい。しかし、整った顔を目の前に食事は落ち着かないことこの上ない。


 それでもお腹がすいていた為、いただきますと小さく呟き手を付けた。

 謎のお肉を恐る恐る口に入れると、肉汁と香辛料が口いっぱいに広がった。


「わわわ。凄く美味しい! 異世界料理美味しいですね!」


「異世界……。まあ、ツムギにとってここは異世界か」


「そうですね。今のところ異世界って感じたのは眼鏡ぐらいですけど。後、髪の毛と目の色ですね。日本ではこんなカラフルな地毛の人は居ないので、フィスラ様みたいな黒髪はちょっと安心感有りますね」


 顔のつくりは全然安心感ないけれど、と私は胸の内で付け足した。


「確かにミズキも黒髪だったな。これがツムギの世界の標準なのだな」


「中には染めてる人も居ますけどね。……あの、ミズキちゃんはどうしてますか? まだ若いし泣いていたりしないでしょうか」


 更に言うならば目の前の師団長に手を切られている。

 恐ろしすぎる事態ではないだろうか。


「聖女に関しては、ミッシェ殿下がどうにかしているだろう。彼が主の担当となる。それにずっと泣いているなんてことはない。君だってそうだろう?」


「聖女は王族案件なんですね。……私は、びっくりはしていますよ。それに私はいい年ですし、両親がもう亡くなってしまっているので。でもミズキちゃんはそうじゃないと思うんですよね」


 五年間に両親は事故で亡くなってしまった。

 お友達や職場に良くしゃべる人は居たけれど、両親を失った喪失感は大きかった。なので、異世界にきても仕方がないと諦められる程度だ。


 唯一気になるのはゲームや本の続きが見られなくなることぐらいか。別の趣味であるコスプレは、この世界がコスプレみたいで逆に充実しそうな気がする。


 その趣味も、社会人になってからすっかり遠ざかってしまっていたし……。


「ツムギが大丈夫なら、大丈夫だ。前の世界に未練が残るようなものは、召喚されない。そこまでの強制力はないんだ。だからミズキもお前と似たようなものだろう。気にする必要はない。聖女である分、彼女は満足できる待遇になるだろう」


「そう、だったんですね」


 召喚に抗うような思いがないって事か……ある意味親切なシステムだな。

 私は不幸な人が居なかったので、安心してほっと息をついた。


「それなら、心配せずに美味しい食事を楽しむことにします!」


「それはそれで切り替えが早いな」


「えええ。フィスラ様が気持ち切り替えろって感じだったのに!」


 私がそう抗議すると、フィスラは可笑しそうにくつくつと笑った。それが印象よりも幼く見えて、びっくりする。


「この国は、他の国と比べても食事は比較的美味しいらしい。良かったな」


「フィスラ様もラッキーですね。庶民も食事が美味しいといいのですが。美味しい食べ物はそれだけでもちょっとした楽しみになりますし」


「まあ、私は普段はもっと簡単な食事が多いけどな」


「えらい人でもそうなんですね。じゃあ今日はゆっくり美味しく食べてください。……私が招いたわけではないですが」


「ツムギは朝から良く食べるな」


「それは、ただ昨日食べてないからです! 口に出しちゃ良くない奴です」


 **********


 食事を終えるとすぐに、メイドに外出着に着替えるからと連れ出された。その間フィスラは優雅にお茶を飲んで待っているらしい。


 やっぱり余裕そうな気がする……少なくとも忙しい人の行動ではない。


 終わったら自力でフィスラを訪ねに向かうと言っても、研究棟は危険だからと言って首を縦に振らなかった。


 意外な事に猟奇的なのに過保護らしい。

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