第53話 聖女の真実

 それは、裏切りの話だった。


 聖女召喚は、繰り返し行われてきた。瘴気をためる魔導具は誰がどういう目的で作ったかはわからない。


 ただ、瘴気が溜まれば聖女を召喚して浄化する。

 それの繰り返しを行うだけだ。


 聖女召喚に失敗した時もあった。その時は魔物が国に溢れ、かなりの被害を受けた。

 聖女召喚は必ず成功させなければいけない儀式だ。それが国の共通認識となった。


 以前は今よりもずっと頻繁に聖女召喚が行われていた。

 聖女の条件は、聖魔法が使える事。異世界人である事。

 それだけだった。


 浄化という名目で魔力を手に入れた聖女は、その後教会の管理下に置かれた。

 聖女はそこで、大量の魔力を持った聖魔法が使える道具として使われ、消費されていった。瘴気を浄化するだけではない、便利な道具を手に入れる方法としての召喚が定着していった。


 前半は、その子たちの日記の断片だった。

 現実は、元の世界でも、異世界でも同じようにつらい。逃げ場はない。聖女なんて呼ばれたくない。他の子にも不幸になってほしくない。帰りたい。どうして。

 そういう言葉が連なっていた。


 可愛そうな女の子たち。


 その連鎖を断ち切ろうとした聖女が居た。

 それがひとつ前の聖女で、この書の製作者だ。


 彼女は魅了が使えた。彼女の魅了の力は強くなかったけれど、魅了によって王太子に取り入り教会に送られるのを防ぐことができた。


 裏では魔法師団長と一緒に、瘴気をためる魔導具の研究をした。彼女を召喚した魔法師団長は、魅了を使わなくても彼女の味方だった。


 魔導具を解明することによって、聖女召喚以外の方法を探るために尽力した。

 しかし、その研究は半ばで潰えた。


 聖女召喚によって多量の魔力と聖力を手に入れていた教会と、その聖女を供給することによって教会に影響力を維持していた王家に消されることとなった。


 自分たちの死が近いと悟った彼女たちは、聖女召喚の儀についての資料に出来る限り仕掛けをした。自分たちの死後に消滅してしまうように。


 魅了がかかっている王太子に、消滅した資料の代わりに置かせる偽の資料も用意した。


 魔導具も解明には至らなかったけれど、瘴気をためるスピードを遅くすることに成功した。召喚の儀について知っているものが減るといいと。本当は壊してしまいたかったけれど、壊した結果魔物があふれる可能性を否定できなかったので、それは諦めるしかなかった。


 魔法陣にも細工をした。

 魅了が使えるものがよばれるように。自分のように魅了を使い、教会の自由にされないように。


 それでも心配だった彼女たちは、不確定要素として聖女のほかにもう一人召喚されるようにした。


 歴史はそこまでだった。


 後は新たな聖女に向けて、魅了の使い方について記載されていた。


 最後に、一緒に居てくれた魔法師団長への言葉が書かれていた。

 ところどころ涙でにじんだと思われるような跡があり、私はそれを指でなぞった。


 知らず、私の目からも涙が流れる。


「大丈夫か。やはり厳しい内容だったか」


「そこは、覚悟していたので大丈夫でした。でも、この聖女の書を書いた子が、凄く、優しくて……それに」


 フィスラが私の涙をぬぐう。内容を知りたいはずなのに、せかしたりもしないで私の頭を優しくなでる。


 この書を書いた人にとっての師団長が、私にとってのフィスラだ。

 異世界に来て出会った、自分のすべて。


「彼女には、好きな人が居たんです。彼女を召喚した人で、本当に信頼していて、その人も彼女が大好きで……。そんな人を目の前で……失ったんです。なのに! なのに彼女は後の人の事を考えて、こうやって聖女の書として、私達だけに残してくれた……」


 聖女の書が聖女にしか開けられないのは、警戒していたからだ。


 自分たちが出来る限り資料を消滅させたとしても、知っている人たちがいるのだ。聖女召喚の儀まで時間を空けたとしても。


 聖女の書は警告だった。


 静かにフィスラが私の身体を抱き寄せる。ぐっと抱きしめられ、彼女が手に入れられなかったものを感じて余計に嗚咽が漏れる。

 涙が止まらなかった。どうして。


「彼女と、その時の魔法師団長のおかげで私たちがある。感謝しなければいけない」


「そう、ですよね」


「私たちが出会えたのも彼女たちのおかげだ。不確定要素というのは、凄いものだな」


「ふふふ。自分がそんな役割で召喚されていたとは思わなかったです」


「君はいつも予想外だ」


「それってほめ言葉ですよね?」


「もちろんそうだ。魔方陣についても、きちんと解析しなくてはいけないな。魔法についてはかなり失われているものがあるようだ……」


 フィスラは急に思い当ったようにぶつぶつとつぶやき始めた。

 確かに以前の魔法師団長は魔法陣について理解していて、自分で組み替えることもできたようだ。


 そう考えると悔しいのだろう。彼女たちが一旦わざと衰退させたとしても。


「きちんと、彼女たちが望んだようになるように変えましょう」


「そうだな。魔法師団が独立した権力を持つようになったのも、以前の召喚より後だ。何かその辺も働きかけがあったのかもしれない」


「やる事がいっぱいありますね」


「そうだ。……だから、泣いている暇などない」


 ぎゅうっと私の事をもう一度抱きしめ、フィスラは身体を放した。私の涙を、ハンカチでぬぐう。

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