第28話 朝の突撃再び

「おはよう。ツムギ」


 昨日の気まずさを何一つ感じていないような綺麗な顔が、目の前にあった。

 私はため息をついて、頭をがりがりとかいた。


「ええと、おはようございます。どうしましたこんな早朝に」


 私は気まずさでいっぱいだ。

 ベッドに入ってからも何でこんなに怒ってしまったのかと、恥ずかしさに悶えながら寝たのだ。


 落ち着いてからゆっくり謝ろうと思っていたのに、不意打ちだ。


「昨日の件を、君に聞こうと思って」


 それでも、真面目な顔でフィスラが言うので申し訳なくなった。本当は私が謝らなければいけないとわかっていたのに。


 真剣な目に、私の事を理解しようとしてくれているのが伝わってくる。

 圧倒的に地位が違うのに、私が無視したところで困る事なんてまるでないのに。


 私の意思をあくまで確認に来てくれた。


 自分が嫌になってしまう。狭量すぎる。ここまでしてもらってまだ拗ねるなんて事は出来ない。


「フィスラ様は、朝食はもうとりましたか?」


「まだ食べていない。そろそろ起きるかと思ってすぐに来たのだ」


「そうしたら、良ければお付き合いください。着替えてきますので、先に食堂でお待ちいただけますか?」


 私がそう言うと、フィスラはほっとした顔で頷いた。

 びっくりしたものの気になったら猪突猛進なんだ、と何だかおかしくなった。


 素直に謝ろう。私は急いでマスリーを呼んだ。


 **********


「……」


 何だかとても空気が重い。


 いつものフィスラであれば、無口ではあるものの話しかけにくいと思ったことなどなかった。


 そう考えると、かなり気を使ってくれていたのだとわかる。

 それを、自分に同情してるなら嫌だなんて自分勝手な理由で感じ悪くしてしまったことに、再び反省する。


 空気が重いのは自分のせいだ。


「フィスラ様」


 私が声をかけると、無言でスープを飲んでいたフィスラの肩がびくっと揺れた。


「昨日は、勝手に怒ったりして、申し訳ありませんでした」


 勇気があるうちに、頭を下げる。

 恥ずかしい。


「ツムギ」


 頭を下げたままでいると、フィスラの声が優しげに響いた。


「私は君の事をかわいそうだと思って、こうしているのではない」


 昨日の言葉への返事だ。私は自称気味に笑った。


「わかっています。フィスラ様は責任感のある方ですし、こうしてとても良くしてもらっています。私が勝手になんか感情がバーンとなってしまったんです」


「ばーん」


 フィスラが子供みたいに擬音を繰り返すのがおかしくて笑ってしまう。


「……端的に言うと、仲良くなったと思ったんです」


「誰と誰が?」


「私とフィスラ様が、です。あ、平民が貴族の方に仲良くとか言うと不敬になったりしますか?」


 慌てて確認する。何が不敬かわからないのに、砕けた言葉を使いすぎた。フィスラは不思議そうな顔をしたまま、首を横に振った。


「私に対して、君の行動で不敬になる事はない」


 そんな事簡単に言っていいんだろうか。でも不敬にならないなら、言いたいことが言えていいか。今は言葉を選ぶのが難しい。


「不敬にならないなら良かったです。ええと、フィスラ様は話しやすいですし一緒に居て楽しかったので、仲良くなった気持ちになっていたんです」


「……話しやすいとは、初めて言われたな」


「そうなんですか? ちょっと毒舌だけど面白いですよね。あ、今のも不敬にしないでくださいね」


「もちろんだ」


「だから、聖女様と同等にしあわせにっていうのを聞いて、悲しくなっちゃったんです。自分勝手ですよね。責任感で、私の幸せを聖女様と同じぐらいまで引き上げてくれようとしてるんだって思ったら、ばーんと」


「ばーんと」


 またフィスラは繰り返す。貴族は擬音を使わないのだろうか。


「責任感だけで一緒に居るっていうのが、嫌だったんです。勝手に怒ってごめんなさい。今の生活はとても快適で、本当に有難いと思っています。お友達もちゃんと作りますね」


 私は俯きながら頬に手を当てて、笑った。

 赤くなっていないといいけれど。


 馬鹿みたいな感情を話すのはとても恥ずかしかった。呆れないでほしいけど、怖くてフィスラの顔を見られない。


「私は、ツムギと友達になってもいい」


 思いもよらないフィスラの言葉に、赤くなる頬を忘れて顔をあげた。

 無表情なのに頬を赤くしたフィスラと目があう。


「フィスラ様……え?」


「私は、召喚の責任感とは別に、ツムギと話していると楽しいので友達になってもいいといったのだ」


 赤いままなのに、まっすぐに私の顔を見ながら言ってくれる。


 ……嬉しい。


 フィスラの言葉で、もやもやしていたものが、全部綺麗になくなったのを感じる。

 この赤さが、嘘じゃないと言ってくれているようで、私は嬉しさで涙が出てきてしまう。


「フィスラ様、嬉しいです。私の勝手な気持ちだったのに、裏切られたような気持ちになって……。それに、舞い上がってたことにも気が付いて恥ずかしかったんです。だから、そう言ってもらえて本当に、嬉しいし救われました。これからもよろしくお願いします」


 頭を下げると、フィスラは鷹揚に頷いた。

 その仕草がおかしくて、私は笑ってしまう。


「もーフィスラ様って偉そうです!」


「実際偉いからな」


 フィスラもまだうっすらと赤いままにやりと笑う。私の顔も赤いだろう。


「そんな偉い人じゃ庶民には雲の上の存在です」


「友達になったのだろう?」


「そうでした。有りがたき幸せでございます」


「嘘っぽいな。私もモルモットの友人が出来てとても楽しみだ」


「わーこわい! やっぱり猟奇的!」


 下らない話をしながら食べた食事は、マナーはともかくとても楽しく、美味しかった。

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