今あかされるクローン少女の正体!

 授業が始まった。


 キャンディが、電子黒板に数学の公式を書く。

「さあ、この問題を解いてもらおう。誰にしようかなぁ」

 クラスの、ほとんど全員がうなだれる。誠も例外ではない。

「横田君」

 ゲッ! と、心の中で叫び、しぶしぶ、電子黒板の前に立ち、公式を解こうとするが、解くことができない。

「OK。横田君。席に戻っていいよ」

 席に戻ると、龍之介とプリヤンカに、クスクスと笑われた。

「できる人、挙手!」

 ミクが素早く手をあげる。

 誠と入れ替わりでミクが電子黒板の前に立ち、スラスラと解いてしまった。

「正解」

「先生」

「はい。クラークさん」

「教科書の、このページの問題なら、全部できると思います」

「ホントに?」

「はい」

「それじゃ、何問か出題するから、解いてもらおうかな」

 キャンディは、問題を電子黒板に書く。書き終えると同時に、ミクがスラスラと解き始める。さらに問題を書くと、それも解いてしまう。キャンディが問題を書き終えるより、ミクの解く方が早いくらいだ。

 五問ほど出題して、キャンディの方がギブアップする。

「降参だ。素晴らし回答をしたクラークさんに拍手」

 クラス全体から、感嘆が沸き起こり、拍手が鳴り響く。

 ミクは、得意げに振る舞うこともなく、自然に席へ戻った。



 ミク無双は、これが序章に過ぎなかった。



 英語では、キャンディが教科書の一文を読み上げ、それをクラスが復唱している。

「さて、今度は個人レッスンね。当てられた人は、私が読み上げた文の続きを読んでね。誰にしようかな…」

 またしても、クラスのほとんどがうなだれる。

「星君」

 ゲッ! という顔をして立ち上がる。キャンディが一文を読み上げる。その続きを、たどたどしい口調で読んだ。

 苦虫をかみつぶしたような顔で座る横で、プッっと小さく笑った。さっきの仕返しだ。

「この続きを、小松さん。読んで」

 彩は、滑らかな口調で文章を読んだ。

「ちょっと、セッションをしてみよう。この続きをクラークさん。その次を私。その次を小松さんのローテーションで、読み進めてみましょう」

 ミクが立ち上がり、続きの文を読む。その続きをキャンディが読む。その続きを彩が読んで、その続きをミクが読む。この三順で読み上げられる滑らかな英会話は、まるで映画のワンシーンの様に滑らかで、ジャズのセッションの様に美しく、耳に心地良い。

 一節が読み終わる。

「クラークさん。小松さん。素晴らしいセッションをどうもありがとう」

 再び、クラス中から拍手が鳴り響く。



 体育の授業が、二クラス合同で行われる。女子担当の教師と、男子担当の教師の下、入学時点の基礎体力を簡単に見る。種目は50メートル走。ハンドボール投げ。走り幅跳び。男女交代で、三種目を行う。

「誠は運動神経、良い方?」

「中学の時は、真ん中ぐらいだね。龍之介は?」

「俺も同じくらいかな」

 その時、女子の集団から歓声があがった。反射的に振り向くと、ミクがハンドボールを、トラックの外まで投げ飛ばしていたのだ。

「すっげ」

「30メートルは飛んでるんじゃね?」

 約30人いる女子の中でも、頭ひとつ抜きんでて背が高く、胸も大きいミクが、金髪のポニーテールを躍らせて投げる姿は、男子のみならず、女子をも、一瞬でとりこにした。

 そうなると、ミクが競技に出るときは、クラス全員の視線が集まる。

 走り幅跳びは、6メートルに迫る距離をだし、50メートル走は6秒フラット。もはや、インターハイレベルだ。

 男女問わず、クラスの皆からは賛辞の声が、ミクに投げかけられる。

「すごい!」

「運動神経良い~」

「頭も良いんだよ」

「完璧じゃん」

 ミクを中心にして、輪ができる。


 一方で、走り幅跳びの着地点。砂場で砂まみれになっている彩が目に留まった。彩の元に歩みより、尻餅をついている彩に手をさしだす。彩は誠の手を取る。誠が引き上げる。

「体育の主役、すっかりミクに持っていかれちゃったね」

「ホント、すごいですよね」

 体をはたいて、砂を落とす。

「顔色悪いけど、大丈夫?」

「ちょっと、しんどいです。運動は苦手です」

「身体弱いの? 休む?」

「あの、妹さんから聞いてませんか?」

「なんのこと?」

「妹さんと一緒にお風呂に入った時、手術跡についてお話したんですけど」

「聞いてない。ごめん。気にさわること言わせちゃったね」

「違うんです! 私を助けてくれたのは、誠さんのお父さんで、隠していた訳では無く、そこに触れられることは嫌では無く、むしろ、誠さんに知って欲しい事なんです」

「えっと、話しを整理してもろて」

「つまり、病気の事は気にしてません」

「そう」

「それで、知って欲しい事の方なんですけど…」


 ピーーーッ!


 先生が笛を鳴らす。

「後でお話します」

 そう言って、彩は先生の元へ歩いて行った。




 その夜。

 寝るまでのつかの間、部屋で動画を見ている誠。トントンと、ノックする音がする。

「ノック音。生体認証」

 端末から情報が聞こえる。

「小松彩さんです」

 誠がドアを開けると、彩がいた。

「夜分、遅くすいません。寝るところでしたか?」

「いや」

「昼間、話しかけた事をお話したくて」

「それじゃあ、リビングに…」

「あの。人に聞かれたくないので、ふたりきりで」

 彩を部屋に入れる? 逡巡する。

「俺の部屋で良い?」

「はい」

 彩が誠の部屋に入り、ドアが閉まる。


 部屋を見回す。

「あんまり見回さないで。汚いし」

「汚くないですよ」

 ベッドに座る彩。その隣に座るわけにもいかず、誠は机の椅子に座った。

「お茶でも持ってこようか?」

「いえ、結構です」

「そう」

 か弱い声で、話し出す。

「私は、産まれた時から心臓に先天的な疾患をもっていました。死を待つだけだった私は、誠さんのお父さん。優人さんが勤務する大学に預けられました。そこで私は、心臓の再生医療を受けたのです」

「再生医療は聞いたことあるけど、心臓なんだ」

「私が受けた再生医療は、文字通り、心臓を丸ごと再生してしまう医療で、再生した心臓が正常に機能していることが確認された時点で、病変した心臓を取り除きました」

「すごいじゃん」

「世界で初めて、心臓移植以外の方法で、心臓を新しく取り替えた医療行為でした。問題なのは、これが違法行為であり、直接、携わった人以外、知らない。知られてはいけない、人体実験だったのです。このプロジェクトリーダーだったのが…」

「俺の親父だった」

「そうです」

 親父がアメリカで、遺伝の研究をしているのは知っていた。日本に帰ってくるたびに、仕事の事を訊いたが、守秘義務があるからと、詳しくは話してくれなかった。

「成長と共に、心臓の他にも、いろんな臓器に疾患が見つかり、そのたびに再生医療を受けました。私の左目が赤いのも、目の病気の治療のために、再生医療を受けたからです」

「それはもちろん?」

「はい。許可されていない違法行為。つまり、人体実験です」

「今、目の調子は?」

「すこぶる良好です」

 彩は、満面の笑みで微笑んだ。

「そう。良かったね」


「ここ数年、新しい病気が見つかっていないこと。治療した臓器が正常に機能していることなどから、優人さんの勧めで、日本へ行くことにしました」

「なんで日本なんだ」

「わかりません。ただ、安全性を考えるなら、日本が最適だと」

「安全ね」

「アメリカでは、学校の中でさえ、いつ撃たれても不思議ではないので」

「そういえば、彩さんのご両親は?」

「私を大学に預けた後、消息不明だそうです」

「なんつー親だ」

「莫大な治療費が恐ろしくなって逃げたのだろうと。私の治療は、トップシークレットだったので、全て大学が負担したのですけど。まあ、これは結果論ですが」

「彩さん自身、日本へ来ることに不安はなかったの?」

「優人さんのオフィス」

「親父のオフィスが?」

「誠さんと陽子さんの写真が、いっぱい飾ってあるんですよ」

「恥ずかしいな」

「赤ちゃんの頃から、成長する過程、全部」

「その写真と、来日になんの関係が?」

「そこに写っている誠さんが、とても素敵で…」

「え?」

 彩は頬を染める。

 誠も、気恥ずかしくなる。

「私が自分の話をしたのも、そういった理由がありまして」

「そ、そうなんだ」

 なんだ。こういう時、なんて言えばいい。

「話は以上です。夜分遅く、長居をしてしまいました」

 彩は立ち上がって、ドアの前へ行く。

「それでは、おやすみなさい」

「おやすみ」

 ドアを開け、彩が出て行く。ドアはゆっくりと閉まる。


 これは、どうあっても親父から話を聞く必要がある。

「コール。親父」

 端末からコール音がする。電話はすぐにつながった。

「なんだ? こんな朝早く」

「こっちは夜中だ。そんなことより、今回の企てについて、しっかり説明してくれ」

「まだモーニングコーヒーも飲んでない。そのうちな」

「彩から再生医療について聞いた」

「そうか。それなら、話さなきゃな。ただ、俺はこれから仕事だ。お前はお休みの時間だ。日を改めよう」

「今度こそ、ちゃんと説明してもらうからな」

「わかってる」




 後日、誠の部屋と、優人のオフィスがオンラインでつながれた。

 親父から、キャンディも同席させるように言われた。理由を訊いたら『彼女も当事者だから』という返事だった。

「順を追って説明しよう。俺がなぜ、日本を飛び出したかは知ってるな?」

「知ってる。日本の教育水準は世界でも最低レベルだ。もっとハイレベルの教育を受けたいとかなんとか」

「大学で何を研究していたかも」

「遺伝だっけ」

「広義ではそうなるな。大学でヨーコと出会って、結婚して、おまえが生まれたことも」

「知ってる。陽子を産んだとき、お母さんが死んだって」

「それは違う」

「違う? そういう説明だったぞ」

「陽子の手前、そう説明せざるを得なかった。否、陽子の誕生の秘密を隠すため、そう説明せざるを得なかった。本当は、誠。お前を産んだ時、死んだんだ」

「え? それじゃ陽子は?」

「陽子は、ヨーコの細胞を元に作った、クローンだ」

「はあ?」

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