マッドサイエンティストは羅生門で美女を創る

「陽子は、ヨーコの細胞を元に作った、クローンだ」

「はあ? そんな、SFじゃあるまいし、信じられるか」



「今の医療工学でも人工子宮を作ることはできていない。子供を産むには代理母が必要だ。陽子の代理母は、俺とヨーコの同僚が買って出てくれた。それがキャンディ・ハインライン」

「えっ?」

 キャンディがニコリと笑う。

「いやいや、年齢が合わないでしょう」

「ウェルナー症候群という病気を知っているか?」

「確か、急速に老化が進む病気だったかな」

「その治療は本来、ウェルナー症候群の治療を目的に開発された遺伝子治療だった。病気が発症してから施術しても病気は治せない。それなら、発症前に遺伝子を改善してしまえば良い。治療の発想はそこだ。出産前の遺伝子検査で、病気の発症が疑われた胎児に、遺伝子を操作する治療を施した。その子は病気を発症する様子もなく、順調に成長して、成人年齢の18歳になった。異変はその後に起きた。何年たっても、18歳のままだった。詳しい検査が行われ、得られた結論は、この子は不老になった。それが、キャンディ・ハインラインだ」

「キャンディは、不老不死なのか?」


 キャンディは微笑みながら言う。

「不老と不死は切り離して考えたほうがいい。不死という条件がそろうには、傷が瞬く間に治ったり、病気にならなかったり、失った臓器が再生したりという生物にとって高度な再生能力が必要。身体が粉々に砕かれても、それらがつなぎ合って再生するエネルギーは、身体を再生産するエネルギーよりも多く必要で、エネルギーを普段から体内に備えておくことは、理論上、不可能よ。だから私も、病気にもなるし、怪我をしたら、それが治るまで、平均的な人と同じ時間とエネルギーを必要とする。事故で身体がバラバラになったら、間違いなく死ぬわね」

「信じられない。不死はともかく、不老だって」


「生体認証。出生地。生年月日」

 キャンディのスマフォに、出生地、生年月日と、顔写真が表示される。誠はそれを見て愕然とした。生年月日が、50年前だからだ。

「50年前。ってことは、今50歳!?」

「ぴっちぴちの50歳だぞ」

「偽造だ」

「生体認証システムが偽造できないのは、誠くんもよく知ってるでしょう」

「まさか、そんなバカな」

「ヨーコは大切な友人で、仕事仲間で、家族だったわ」



「話を戻そう。ヨーコを亡くした俺は、生きる気力すら失うほど、落ち込んでいた。クローンの製造技術は既に確立していたから、俺はヨーコのクローンを作り、陽子と名付け、誠の妹とした。キャンディが陽子を産んで、産声を聞いたときは、号泣した。嬉しかった」

「だからって、人のクローンなんて、倫理的に許されない」

「そうだな。でも、そうせずには正気をたもてないほど、俺は精神的に病んでいた」

「陽子が、お母さんのクローンだって?」

「キャンディは陽子を産んでしばらく、クローンの生態的な状態を見ながら子育てをしてくれた。異常がないようなので、出生の秘密を厳にするため、誠と一緒に俺の田舎に引っ越してもらった。日本の方が、アメリカで育つより、いろんな意味で安全だ」

「安全か…。それで、彩は?」

「彼女から聞いたとおりだよ」

「説明しろ」

「彩は、重度の心臓疾患をもって産まれた。救うには心臓移植以外に方法がなかった。しかしドナーを待つ時間も惜しかった。万能細胞をナノサイズ生体3Dプリンターで心臓を作り、彼女の心臓と重なるように配置した。作った心臓は本物の心臓と同じレベルまで生成した。そのタイミングで、疾患のある心臓を摘出した。心臓移植に代わる新しい医療の誕生だ」

「それだけか?」

「彩が5歳の時、左腎に機能不全が見つかった。同じ方法で左腎を生成した。7歳の時には右肺上葉にガンが見つかり、摘出後、同じ方法で肺を生成、修復した。10歳の時に、肝臓左葉にガンが見つかり、左葉を摘出して、同じ方法で生成。12歳には左目を失明。これを再生医療で治療した」

「わかった。もういい」

「いいのか? まだあるぞ」

「再生医療の実験体にしたのか」

「実験体とは穏やかじゃないな。治験と呼んでくれ」

「承認されていない」

「世の中に発表できない実験なんて、世界中でたくさん行われているよ」

「人の命を軽々しく扱いやがって」

「治療しなかったら、彼女は1歳にも満たず死んでいた。今、生きてるだろ」

「結果論だ」

「結果が全てなんだよ。人の世なんていうものはな」

「この、人間を失格した科学者マッドサイエンティストが」


 誠は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「ついでに話しておくと、ミク・キャサリン・クラーク。彼女も最新の遺伝子組み換え技術の結晶として誕生した」

「大仰だな」

「DNAレベルから設計し誕生した、世界で最初のデザイナーベビーだからな」

「そこまでやってたとは、憤りをとおりこして、あきれるよ」

「陽子や彩と同じ理由で日本へ行ってもらった」

「安全ですからね」

「とはいえ、少なからず危険はある。某国のスパイの存在だ。彼女達の秘密を知って、狙われる可能性もある。そこで誠にお願いがある」

「お願い?」

「彼女たちの護衛をお願いしたい」

「護衛なら専門の人を付けたらいいだろ」

「それだと目立ちすぎる。木を隠すなら森。キャンディを含め、五人を同じ家に住まわせたのも、同じクラスにしたのも、そのためだ」

「用意周到だな」

「そうさ。そのために、誠には合気道も習わせた」

「某国のスパイ相手に、どこまで通用するか怪しいけどね」

「話は以上だ。何かご質問は?」

「彼女たちに異変があったら、誰が対応する」

「そのために、キャンディをやった。彼女も俺と一緒に研究をしていた仲間だ。異変には対応してくれるだろう」

「よろしくね。誠君」

「誠。経緯はともかく、彼女たちは生を受け今を生きている。守ってやってくれ」

「親父はそこで、高みの見物? 新しい人体実験の最中?」

「私がリーダーになって行っているプロジェクト名を知っているか?」

「知るか」

「Rashomonという」

「羅生門?」

「俺たちはね、羅生門で死体の髪を切ってカツラを作ろうとしている老婆と同じなんだよ」

「下人に身ぐるみ剥がされないよう、せいぜい気をつけてくれ」

「ねえ、優人。あなたの企てには、私も含まれてるのかしら?」

「?」

「想像におまかせするよ」

 通信が切れる。




 その夜、誠は眠れなかった。いろんな考えが頭の中を巡る。陽子のこと。彩のこと。ミクのこと。キャンディのこと。

 人であることに間違いはない。しかし、人体実験の結果として創られた身体だ。それじゃあ、彼女たちは生きていないのか? いや、生きてるじゃないか。

 俺はいったい、彼女たちと、どう接したらいいんだろう。




 朝、リビングへ行くと、キャンディをはじめ、ミク、彩、陽子が朝食のテーブルについている。

「おはよう」

「おはようございます」

「おはようございます」

「おはよう」

 四人の声が涼しく聞こえる。だからこそ、顔がまともに見られない。

「お兄ちゃん、遅い。早く食べないと、遅刻するよ」

「俺、食欲ないから、朝食はいいや。先に行ってる」

 誠は逃げるように、家から出て行った。



 学校では、誠の席が空白。

「横田君は欠席か」



 学校の屋上。

「誠君、今日、学校を無断欠席したよ」

「中学校まで皆勤賞だったのに。めずらしい」

「よほど昨日の話がこたえたんだろうね」

「いつか話さなきゃならなかった事だ」

「どうなるかね」

「誠なら大丈夫さ」

「誠君、まだ気が付いてないけど、私も人間を失格した科学者マッドサイエンティストの仲間なんだけどね」

「ああ見えて、芯の強い、優しい奴だ。この壁も乗り越えるよ」


「それにしても、陽子ちゃん。ヨーコにそっくりで、家で再会した時、思わず抱きしめそうになったよ」

「抱きしめればよかったじゃないか」

「ダメ。そうしたら、泣く」

「キャンディには苦労をかけるが、そっちの事。よろしく頼む」

の事は言わないの?」

については、自然の成り行きに任せる。できれば、誠自身の力で、気が付いて欲しいけどね」

「気が付くかしら」

「気が付くさ。聡い奴だ。俺の子だぞ」

「ヨーコの子だからね」




 家を出た誠は、学校へ行く気にならず、気の向くまま電車に乗った。

 電車の中には、ベビーカーに子供を乗せた母親。スーツ姿のサラリーマンやOL。制服を着た学生。年配の方など、様々な人たちが乗っている。

 車内のデジタルサイネージでは、美容系の広告が流れている。脱毛。シミや皺とり。薄毛の治療まで。理想の自分を作る。もし、顔の形から毛の生え方まで、デザイン出来たら、満足なのだろうか。

 終点のターミナル駅で降りる。ホームでは、白杖をつきながら歩く人がいた。彩のように、目の再生医療を受けたら、目が見えるようになるのだろうか。

 コンコースには、車いすに乗っている方が。再生医療によって、歩けるようになるのだろうか。

 老夫婦が、手を取り合って歩いている。老いることのない身体を手に入れたら、どう思うのだろう。

 キャンディは、何歳まで生きられるのだろう。永遠に18歳の姿のままか、どこかで老化が始まるのだろうか。不死ではないから、病気で死ぬのか。それとも事故で死ぬのか。

 道行く人を観察しながら、ミクや、彩や、キャンディとの違いを考えていみた。しかし、大きな違いは感じれらなかった。皆、同じように、今を生きている。


 陽子は母さんのクローンだったのか。遺伝子的には、お母さんとまったく一緒ということになるが、そもそも、俺はお母さんに会ったことがない。あたりまえだ。俺を産んだ時に死んだのだから。すると、陽子がお母さんということか。それはない。育った場所が違いすぎる。

 陽子が初めて、祖父母に会った時を、うっすらと覚えている。不安そうにしていた陽子に、祖父母が優しく語りかけ、手を差し伸べた。その手を握って、不安が解け、一気に笑顔を咲かせた。


 春に花の咲く丘を駆け、夏に沢で水遊びをし、秋にどんぐりを拾って、冬に雪だるまを作った。ふたりで泥だらけになって遊び、髪の毛をつかみ合って喧嘩をし、泣いて、笑った。それが、母親であるはずがない。陽子は、陽子。妹、陽子。


 みんな、それぞれの人生を歩んでいる。




 日が暮れかけた頃、誠は家に帰ってきた。

 キャンディが出迎える。

「お帰り。無断欠席とはいかんなあ」

「ごめん。連絡もせずに」

「風呂沸いてるから、先に入ってきな」

「うん」

 誠はバスルームへ消える。

「お兄ちゃん。一日、ばっくれておいて、ごめんなさいの一言も無い」

「なにかあったんですかね」

「誠には誠の事情があるんだよ。おまえら暇なら、夕食の準備、手伝え」

「えー」

「いいですよ。陽子は料理ができないの?」

 カチンとくる。

「祖父母にしこまれましたから。包丁さばきには自信があります」

「あたしも料理には自信があるんです」

「どうせ肉を切るくらいでしょ」

「魚、三枚におろせますが、なにか?」

「よろしい。ならば対決だ」

 陽子とミクはキッチンへ行く。

「彩は?」

「私は、料理ができないので」

「誠が心配?」

「はい」

「大丈夫だよ。一見、頼りなさそうだけど、頼りになる奴だから」

「ご存知なんですか?」

「ん? まあ、そんな気がするだけだ」



 風呂で四人のことを考えた。

 親父の言うとおり、生まれた経緯はともかく、今を生きている事に間違いない。それなら、人として接しよう。

 某国のスパイから守られるかどうかは、不安しかないが。




「消灯」

 その一言で、横田家全ての共有場所の照明や空調が落ちる。アンは念のため、リビングや廊下、階段などを見回り、落ち度が無いことを確認する。

 時刻は0時を越えている。

 自室には、カプセル状のベッドがたったひとつだけ置いてある。アンはそのカプセルに座る。あるいは寝ると、カプセルのランプが『充電中』と光る。

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