私はその方の写真を三枚持っている

 私はその方の写真を、三枚持っている。


 一枚は、その方の幼少期。おそらく、三歳ぐらいの頃だと見受けられます。白いTシャツに、デニム生地のブラウン色の短パン。白い靴下にスニーカー。微笑ましいのが、全身、砂だらけ。背後に写る砂場で遊んだ名残だろう。同じく幼い女の子と手をつなぎ、微笑んでいる。砂まみれの女の子はちょっとご機嫌斜めね。


 二枚目の写真は、びっくりするぐらい大人びていて、優人さんに似て、凛々しさも兼ね備えてきたように見受けられます。小学校高学年ぐらいでしょうか。流行りのシャツにGパンで自転車に乗り、片手の掌でハンドルを操作し、ペダルには足を添えるだけ。カッコ良く決まっているその姿は、往年のジェームス・ディーンに負けない貫録を醸し出しています。


 三枚目は、最近の写真で、合気道の立ち合いです。中学生ぐらいの頃でしょう。もうこの歳になると、立ち合いに望む姿は美しい。私が日本行きを打診されたのは、この後すぐだった。私は、二つ返事で快諾した。早く、誠さんに会いたい気持ちで、いっぱいでした。




 朝食をとりながら、キャンディが言う。

「みんな、部活はどうする?」

「部活?」

「学校での部活って廃止になったんじゃね?」

「廃止にはなったけど、民間のクラブに入ることを推奨されてます」

 いきなり、先生の顔になったな。


 ミクがはっきりと言う。

「柔道がやりたいです」

「ミクはアメリカでずっと、柔道やってたからね」

「ミクならオリンピックで金メダル取れると思う」

「クラブありますか?」

「柔道は比較的、メジャーなスポーツだから、近場であると思うよ」


「陽子は?」

「テニス」

「中学校でもやってたもんね」

「自分でクラブ探します」


「誠は?」

「やっぱ、合気道かな」

「合気道はクラブが少ないなあ」

「ちょっと離れてるけど、探せばあるよ」


「彩は?」

「私は囲碁を」

「囲碁!?」

「彩って囲碁、できるの?」

「入院中、暇だったので、ずっと囲碁やっていました」

「ネット対戦じゃだめなのか?」

「碁石をパチン! と打つ。あの感触が良いんです」

「なるほど」


 放課後の行き先、みんなバラバラ。守れないじゃん! とはいえ、みんなの行動を制限することはできない。こういう場合、どうすれば良いんだ?

「ちょっと調べてみよう。クラブ。合気道」

 端末から声が聞こえる。

「3件ヒットしました」

「名前。場所」

「1件目。東日本武道協会。東京都〇〇区。2件目。神明流合気道道場。東京都△△区。3件目。東京合気道クラブ。東京都××区」

「誠。東日本武道協会は、柔道、剣道、空手、合気道、なぎなた。合同のクラブですね。ここなら、あたしと一緒に通えますよ」

「そうだな。ここにするか」

「近くに囲碁クラブ、あります。私、ここに通います」

「囲碁って、プロに習うものじゃないの?」

「別に、プロを目指しているわけではないので」

「テニススクールなら、この近くにあるから、あたしはそこに通おうかな」

 これは良い感じにまとまったんじゃないかな? これなら守りようがあるかも。

「さっそく連絡してみよう。コール。東日本武道協会。東京都〇〇区」

 端末からの音声。

「代表におかけします」

 コール音がする。

「お電話ありがとうございます。東日本武道協会でございます」

 クラブについて、会費や開催日など、何点か確認して電話を切った。

「今度、学校が終わった後、見学しに行こうと思うけど、ミクも一緒に行く?」

「行きます」

「私も囲碁クラブへ行くので、駅までご一緒します」




 龍之介に訊いてみた。

「龍之介は、部活動はやらないの?」

「バイト部だな」

「バイトは何をしてるの?」

「アプリ開発」

「メジャーだな。プログラミング言語、組んでるのか?」

「簡単なスクリプトやツールを作ってる」

「将来を見据えて?」

「そこまで考えてはないけど、一番、手っ取り早いからな」


「プリヤンカは?」

「あたしもバイト部だね」

「何やってんの?」

「カフェでウエイトレス」

「定番だね」

「美味しいもの好きだから」

「なんだ、まかない目当てか」

「そうともいえるわね」


「バイトな~。俺もやらないと、お小遣いがない」

「誠は親から、お小遣いもらってないの?」

「働かざる者、食うべからずが親の信念らしい。高校になったら、自分で使う分は、自分で働いてまかないたまえと言われた」

「厳しいね」

「俺もアプリ開発のバイトするかな」

 クラブは週3回。それを終え、家に帰ってから、隙間の時間でもできる。みんなを見守るにはちょうど良い。




 端末から声がする。

「小松彩さんから、伝言があります。聞きますか?」

「聞きます」

「今度、クラブを見た後、お時間ありますか? 付き合って欲しい場所があります」

「再生を終了しました。返信しますか?」

「する」

「ピーという音の後に、お話しください」

 ピー。

「わかった。付き合うよ」

「メッセージを承りました」




 私の人生は、まだ15年10ヵ月程度ですが、そのほとんどを、ベッドの上で過ごしました。

 リハビリには、研究所内を、比較的自由に歩くことが許されていました。生体認証がパスする場所なら、全てを回ったと言っていいでしょう。そんな中で、私が一番気に入っていたのが、横田優人博士のオフィスです。

 博士自身、とても優しく、事実上、私の父のような存在でした。実際、私の出自を説明されるまで、私は博士のことを、本当の父親と思い、パパと呼んでいたくらいです。ですから、本当の事を知ったときは、ショックで、何日も泣いていました。

 でも、博士にふたりのお子様がいらっしゃって、長男が私と同じ歳で、日本で生活していると聞いて、写真を見たとき、博士そっくりで、一目で心奪われてしまいました。

 博士は毎年、夏のバカンスとクリスマスに日本へ帰ります。戻ってくると、楽しそうに、お子さんの写真を見せてくれて、私が病床に伏せているときは、それを見て元気を取り戻したものです。

 病状が安定し、私の日本行きが決まりました。初めて日本へ行って、初めてその方と対面した時、私は緊張のあまり、思うように声が出せませんでした。博士のお子様は、私が思っていた以上に、素敵な方でした。




 4月なのに、暑かったり寒かったり。日替わりで天気が変わる。その日はめずらしく春らしい穏やかな陽気で、俺とミクと彩の三人は、クラブの見学にやってきた。

 東日本武道協会は、元は学校だった体育館を使用し、内部をいくつかの区画に分けて、柔道や合気道などの武道を、小学生から高校生まで、幅広い世代にわたって教えている。

 協会の人から説明を受け、入会は後日、ネットから申し込む。

「設備やレッスン内容に問題はないけど、毎月のレッスン料がなあ」

「誠はお金がないの?」

「ミクは?」

「親からもらってます」

「うらやましい。バイトでなんとかするか」


「この後、彩と囲碁クラブへ行くけど、ミクはどうする?」

「あたしは寄り道しながら帰ります」

「それじゃ」

 ミクと別れ、ふたりで囲碁クラブへ行く。

 囲碁はわからないので、全て彩におまかせ。一局、対戦していたので、後ろから見ていたが、全然わからない。その試合は彩が勝った。

「勝ったね。おめでとう」

「あれは、接待囲碁ですね。わざと負けてくれたんです」

 そう言った彩は、めずらしく憤慨の表情をしていた。


「ところで、これから行きたい場所があるって話だけど」

「場所、というか、買い物につきあって欲しいんです」

「買い物? ネットじゃダメなの?」

「服はサイズがありますし、ネットのシミュレーターだけでは実際に着た時のイメージがわかないので。ショッピングモールでも、ファッション系は必ず店舗があるじゃないですか」

「そうなんだ。俺は服にこだわりがないから、ネットで買ってるけど。彩が試着したいっていうなら、付き合うけど、ひとりの方が良いんじゃない?」

「似合っているかどうか、見て欲しくて」

「俺に? できるかな。そんな大役」

「大丈夫です。行きましょう」


 服を試着したいというのは本音だ。見て欲しいというのも本音。でも、本当の目的は、別のところにある。




 ミクはひとり、都内をブラブラしていた。

 アニメショップで、アニメグッズをあさっていると、後ろから声を掛けられる。

「ミクちゃん」

 振り返ると、褐色の女の子が。

「はい。こんにちは」

「あたしのことわからない?」

「確か、同じクラスの…」

「正解。芦茂富あしもふ プリヤンカよ。こうして話すのは初めてかな」

「プリヤンカさんもアニメグッズ買いに来たんですか」

「もちろん。ミクさんの推しはなに?」

「ミクでいいよ。あたしの推しは『おかんに転生したが俺を仕込む旦那をゲットしないと俺が生まれなく』だね」

「あれ、あたしも好き」

「旦那候補はイケメンぞろいで、性格はバラバラなんだけど、なんだかんだ主人公の事を思ってるんだよね」

「ミクは腐の方もお好き?」

「もちろん。プリヤンカはどのカプが推し?」

「ツンデレ君×男の娘」

「あたしは、男の娘×ツンデレ君です」

「おっと、これは戦争だな」

「あはは」

「どう? 一緒に回らない」

「よろこんで」




 レディースファッションショップでは、彩と誠が服を選んでいる。

「彩の好みは?」

「誠のセンスにおまかせします」

 それは困った。女性の服なんて、妹のを選んだことしかない。

 冷静になろう。小松彩に合う服をイメージする。シンボルカラーは青。ワンピースか、ブラウスにスカート。パンツスタイルより、スカートが似合うような気がする。

 俺が何着か選んで、彩が試着する。

「どうですか?」

「うん。似合ってると思うよ」

「それじゃ、これを買います」

「他にも着てみない?」

「はい」

「彩は服を選ばないの?」

「誠さんが選んだ服が着たいです」

「そう」

 悪い気はしないが、俺の趣味を押しつけている気がする。


 店を出る。

「お腹減ったね」

「フードコートで昼食にしましょう」

 フードコートは、テナントの半分も営業していない。

 ふたりでサンドイッチなどの軽食を買って、テーブルに着く。

「食事の前に渡したいものがあります」

「なに?」

「4月8日。16歳のお誕生日でしたよね。過ぎちゃいましたが、私から誕生日プレゼントです」

 彩は、ラッピングされた箱を誠に渡した。

「誕生日、覚えていてくれたんだ。どうもありがとう。早速、開けていい?」

「はい」

 ラッピングをほどいて箱を開けると、Tシャツが入っていた。Tシャツには、恐竜を擬人化したエキゾチックなデザインだ。

「俺の誕生日を知っていたのも驚いたけど、恐竜好きを知っていてびっくりした」

「どうですか?」

「気に入った」

「ホントですか?」

「もちろん」

「良かった」

「どうもありがとう」

「どういたしまして」

「彩の誕生日は?」

「6月7日です」

「お返しするよ。なにか欲しいものない?」

「そうですね…。服に合うアクセサリーが欲しいです」

「指輪とか、ネックレスとか、イアリングとか?」

「はい」

「誕生日までに考えておくよ」

「すいません。まるで、せがんだようになってしまって」

「人が喜んでくれる事は好きだから」

 想像通り、優しい方ですね。誠さんは。きっと、他の女性にも同じように接するのでしょう。女たらしの気がありますね。でも、負けませんよ。

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