小さな恋のるる
横田家の夕食は、午後7時頃に始まる。
今夜は、宮部るるも加わって、総勢7人が食卓を囲む。
「いただきます」
「最近、るるちゃんと夕食が一緒で楽しいよ」
「ホントですか!? お兄さんに、そう言っていただけると嬉しいです」
「ご両親が忙しいんだって?」
「あたし、ひとりっ子なんです。仕事が忙しいときは、コンビニとか、配達とかで夕食を済ませていたんですけど、やっぱり、大人数で食べた方が美味しいですよね」
「ご両親は、最近、特に忙しいのかな」
「忙しいのもありますが、あたしの手術費のローンがあるので、稼がないとですね」
「手術?」
「あたし、10歳の時、事故にあって、脊髄を損傷したんです。アメリカで脊髄の再生医療を受けたんですが、お高かったみたいです」
手塚えこみが言う、
「日本で脊髄の再生医療は、やっと治験が始まったばかりだからね」
「そうなんですよ。日本の医療は遅れてます」
「るるちゃん。我が家の食事は気に入ってくれたかな」
「はい! とても美味しいです」
「そう言ってくれると、作り甲斐があるわね」
「でも、何度もご馳走になって、迷惑じゃないですか?」
「とんでもない。大歓迎よ」
「ありがとうございます」
「みなさん、一緒にお住まいなんですね」
キャンディ・ハインラインが言う、
「誠のお父さんの意向でね、一緒に住んでるんだ」
「みなさんのご実家は、アメリカにあるって、陽子から聞きました」
「みんな日本好きでね、留学しに来てるんだ」
「ハインライン先生も、一緒に住んでるんですね」
「ここの管理人も兼任してるからね。さすがに子供だけで生活させるわけにはいかないから」
「ハインライン先生も、若いですよね。10歳台に見えます」
「ありがとう」
デイフィリア・ディックが言う、
「るるちゃんは、陽子と仲が良いのね」
「はい。なんか、毎日のように押しかけちゃって、すいません」
「とんでもない。大歓迎よ」
「ありがとうございます」
「仲良くしましょ」
「デイフィリアさんは、日本のどこが好きで、留学しに来たんですか?」
「私はね、物心ついたときから、自分が日本人だと思ってたの」
「え? アメリカ生まれですよね?」
「そうよ。でもね、小さな時から、日本の漫画やアニメを観て育ったから、気が付いたらそうなってた。普段着も甚平や浴衣だったし」
「へ~」
「日本文化や歴史にも興味があってね、今、茶道を習ってるの」
「すごいですね」
ミク・キャサリン・クラークが言う、
「あたしもアニメ、漫画目的ね」
「ミクさん、美人ですよね。女優さんの娘さんですか?」
「両親はいたって普通の人よ」
「陽子から、スポーツも勉強もできるって聞きました」
「まあ、そうね。改めて言われると恥ずかしいけど」
「柔道は、オリンピック選手に呼ばれたって」
「オリンピックかどうかわからないけど、週に1回、体育大学で勉強させてもらってる」
「オリンピックいかないんですか?」
「柔道は趣味でやってるから、オリンピックはいいかな」
「もったいないですよ。金メダルとれるかも知れないじゃないですか」
「金メダルを取ろうと思ったら、一年365日。一日24時間。ずっと柔道優先の生活をしないとならい。でも、今のあたしにとっては、金メダルより、ここでの生活が大事だから」
「みなさんを家族の様に思ってるんですか」
「そうだね。大事な家族だよ」
「勉強も、飛び級で大学へ行けるレベルなんでしょ?」
「勉強にも、いろんなジャンルがあるでしょ。数学とか、国語とか、社会とか。その道のプロフェッショナルになろうと思ったらね、やっぱり、それ中心の生活になっちゃうんだよ。それはやっぱり、違うかなと思ってる」
小松彩は言う、
「るるちゃん。ミクがもっともらしいこと言ってるけど、本当はずっと
「なにそれ!? すごい気になる」
「彩も似たようなもんじゃない」
「私は最初から、それが目的だったから、純粋な理由よ」
「なんですか、ふたりで。気になるな~」
宮部るるの饒舌に押され、食卓が彼女の流れになったとき、突然、言った。
「そういえば、あたし。誠さんにお願いがあったんです」
「なに?」
「今度、映画行きませんか?」
その瞬間、リビングに電撃が走る。
時間は数日、さかのぼる。
「誠さんに告白しようと思う!」
唖然とする、陽子。
「どうしたの」
「あたしの気持は知ってるよね?」
「まあね」
「協力してくれるよね」
気分が悪い。
「止めた方が良いよ」
「なんで?」
「お兄ちゃんのことを好きな人が、三人いるから」
「三人!」
「そう」
「重婚じゃん」
いや、結婚してないし。
「三人が誰か想像つくでしょう」
「一緒に住んでる」
「そうだね」
「その三人。誠さんとやっちゃった?」
「言い方」
「無いの?」
「そういう雰囲気は無いね」
「それじゃあ、あたしがつけいる隙があるっていうことだ」
「まあ、その可能性は否定しない」
「ふ~ん」
「妹のあたしだからわかるけど、お兄ちゃん、けっこうポンコツだし、意外と抜けてるところあるし、いい加減だし、止めた方がいいって」
「でもそれって、人なら誰でもあることじゃない?」
「そうかも知れないけど、一緒に育ってきた、あたしだからわかることもあるし」
「そうか。陽子はやきもちを焼いているんだな」
「そんなことないよ」
「それじゃあ、あたしが優人さんと付き合っても問題ないよね」
陽子はそれ以上、言葉が出なかった。
デート当日。
11月になって、冷え込む日も増えてきた。宮部るるは、自分が考えつく最高のコーデをして、デートに挑む。
「今日は、ありがとうございます」
「お招きに与り、光栄です」
「それじゃ、行きましょう」
シネコンにやって来た。
「あたし、このアニメ映画、観たかったんです」
『
「初めて聞くタイトルだけど、原作は?」
「芥川龍之介の羅生門です」
「羅生門をアニメ化とはめずらしい」
「かなり、エグいらしいです」
「それは楽しみだ」
「それじゃ、観ましょう」
『ある日の事である。一人の下人が、妻の死に暮れて、心の中に降る雨やみを待っていた。
雨は、心を包んで、奥の底から、ざあっという音をあつめて来る。夕闇は次第に心を低くして、見つめると、斜めに突き出した現実の先に、重たく薄暗い雲を支えている。
どうにもならない事を、どうにかする為には、手段を選んでいる
選ばないとすれば ──下人の考えは、何度でも同じ道を
死んだ妻を液体窒素に漬けて、永久保存した。細胞を少しずつ取り出し、胚培養した。胚盤胞を代理母のキャンディの子宮に移植して、妻のクローンを妊娠した。40週後。予定どおりに妻のクローンは産まれた。
クローンに妻と同じ名を付けた。
老婆は、
人造人間は成長し、世に出て、現世の人間を蹂躙し始めた。
それに対抗するため、下人は再生人間を作り始めた。
両者の激しい戦いのなか、再生人間のリーダーと、人造人間のリーダーの間に、恋が生まれた。クローンの仲介により、両者は結ばれた。三者は、老婆と下人を現世から追放した。
しばらく、死んだように倒れていた老婆が、うめくような声を立てながら、現世の世界を覗きこんだ。そこには、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。
下人行方は、誰も知らない。』
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