告白

 誠とデイフィリア、デート当日。


 横田ハウスのメンバーには内緒なので、駅前で待ち合わせ。先に着いた誠がデイフィリアを待つ。




 デイフィリアは、淡い藍に、藤の花柄が咲く、着物を着てきた。

「初めて、自分で着たんだ。綺麗?」

「うん。綺麗だよ。でも、今日は動きやすい服でって話しだよね。俺、Gパンにスエットなんだけど」

「だいじょうぶ。そのうち動きたくなるから」

 なんだ、そりゃ。

「それじゃ、行こう」




 最初に来たのは、美術館。

「意外?」

「美術品に興味、あったんだ」

「あった。主に日本の美術品だけど」



 ふたりで、日本の古い展示物を観る。デイフィリアの着物姿は、美術館の雰囲気に合っている。

「なんか、俺だけ場違い感、半端ないんだけど」

「日本の美術館にドレスコードはないでしょ」

「それは、そうだけど…」



 まずは、兜や甲冑の展示エリアへ。

「甲冑は、防御力よりも、装飾と機動力重視だよね。兜も好き。飾りで、自己を表現している。その発想がすごい。西洋の甲冑は防御力優先で、見た目はあまりカッコ良くないね」



 日本刀の展示エリアに来ると、俄然、デイフィリアのテンションがあがる。

「観て! あの日本刀。反りといい、刃文といい、鈍い輝きといい、美しいと思わない?」

「そういえば、日本刀、持ってたよね」

「ええ。本当は日本に持って来たかったんだけど、銃刀法が厳しいからダメだった」

「昔、親戚から貰ったんだっけ」

「そう。貰ったばかりの頃。すごく嬉しくって、振り回して、壁を傷だらけにしたら、寮長に怒られて、寮に持ち込み禁止になった」

「刀はどうしたの?」

「実家に飾ってあった。私が死んで、蘇生するまで、どういう経緯があったか知らないけど、今はRashomonで預かってもらってる」



 その後、水墨画が展示してあるエリアへ。

「水墨画、良いですよ」

「西洋とは描き方が全然、違うけど」

「筆の走りと、墨の濃淡で描かれていて。趣があるじゃないですか」

「そうかな」



 昔の書状が展示してある。

「昔の人の書いた文章も好き。何が書いてあるかわからないけど、文字に流れがある。縦書きなのも新鮮」




 美術館を後にすると、次は、デイフェリアが茶道を習っている教室へ。


 雑居ビルのワンフロアに、茶室がいくつか造られている。躙り口から入る、本格的な造りだ。

「俺。こんなかっこうだけど、いいの?」

「だいじょうぶ。この茶室。今日は私の貸切だから」



 デイフィリアは、茶室の奥に消える。誠は囲炉裏の前に座っている。ほどなく、茶道口からデイフィリアが、茶道具を持って入ってくる。部屋に入る手前で座り、お辞儀をする。誠もお辞儀をする。

 囲炉裏の前に座ると、茶道具を並べる。

「俺、マナー知らないけど」

「私もまだ、習いたてで、茶道具の扱い方も全然、できていないから、雰囲気を楽しんでよ」



 茶釜のお湯が沸くと、茶碗に抹茶を入れ、柄杓でお湯を注ぐと、茶筅でかき混ぜる。茶道では見慣れた手順だ。


 シャカシャカと、聞き覚えのある、お茶を立てる音が、茶室に響く。


 最後にひと掻き、茶筅を回して、脇に置く。茶碗を誠の前に出す、

「どうぞ」

「いただきます」


 茶碗を回して、ちょっとだけ口に含む。茶碗を置く。

「結構なお手前で」

 クスクスとデイフィリアは笑い出した。

「抹茶って初めて飲んだけど、けっこう濃いし苦いね」

「私もいただきます」

 デイフィリアは、茶碗を手にして、お茶を飲んだ。

「これで、間接キスだね」

「え?」

 クスクスと、また笑った。


「いっけない! お茶菓子出すの忘れた」

「なにそれ?」

「茶道のしきたりだよ」

「そうなんだ」

「まだまだだな」

「習い始めたばかりだしね」

「私ね、書道も習いたいんだ」

「美術展で感動してたね」

「それと、北辰一刀流!」

「女性なら薙刀じゃない?」

「薙刀も魅力的だけど、やっぱり日本刀だよ。まあ、それは後のお楽しみ」

「?」


「着物も今日のために買ったんだ。自分への誕生日プレゼント」

「プレゼントなら、用意しようと思ってたんだけど」

「だ・か・ら! 今日のデートがプレゼントなんだって」

「デートがプレゼントになるのかな?」


「アメリカで会った、妹のこと、覚えてる?」

「もちろん」

「亡くなったって、連絡があった」

「そう」

「葬儀にも呼ばれたけど、行くのは止めた」

「どうして?」

「見た目16歳の小娘が、どの面下げて葬儀に出れる? 変な噂で妹を汚したくない」

「そっか」

「妹とはあのとき、お別れをしたから、いいの」

「子供の頃のわだかまりも、解けたしね」

「そうね」




 デイフィリアは、茶道教室の着替え室に入った。出てきたとき、スウェットにショートパンツという、ラフな格好に。

「着替えたんだ」

「これから行く所は、動きやすい服装じゃなきゃね」




 次は、実際に日本刀で切る体験ができる、アトラクションへ。丸めて立てられたゴザを、真剣で斬る。


「アメリカで斬った経験は?」

「寮生の髪とスカートなら斬ったことがある」

「ホントに?」

「本当よ」


 指導員に、注意点や、扱い方、斬り方を教わる。

「最初に、一番簡単な、袈裟斬りをやってみましょう。刀を右上に構え、斜めに斬り込みます。コツは、勢い良く振り降ろし、まっすぐ振り抜くことです。私がお手本をお見せします」

 指導員が刀を振り降ろすと、ゴザは斜めに斬れた。

「さ、やってみましょう」


 デイフィリアが刀を振り上げる。刃先が光る。

「やっ!」

 という声で、刀を斜めに振り抜く。ゴザが斜めに斬れる。

「お見事」

 爽快な顔のデイフィリア。


 指導員に教わって、さらに難しい斬り方へ挑戦してゆく。



 右肩から左胴にかけて斬りつける、逆袈裟斬り。


 右側から左側へ水平に斬りつける、右薙。


 左側から右側へ水平に斬りつける、左薙。


 右下から左肩へ斬り上げる、右切上。


 左下から右肩へ斬り上げる、左切上。



 刀を振るたび、髪がなびき、汗がほとばしる。

「気持ち良さそうだね」

「気持ち良い! 一度、日本刀で思いっきり斬ってみたかったの」

「カッコ良いよ。まるで女流剣士だ」


「先生。最後に、抜刀術をやってみたいです」

「抜刀術?」

「私が生きていた時代に流行ってた漫画の、主人公の必殺技だったの」



 納刀のまま、刀を左腰に当て、腰を降ろし、柄を握る。

「はっ!」

 掛声と同時に刀を振り抜く。ゴザは左下から右上に切り裂かれた。




 刀を振り回した後にやって来たのは、公園の池に浮かぶ手漕ぎの船。誠が漕いで、デイフィリアが前に座る。


「日本の漫画によくあるでしょう。恋人同士がこうして、公園の船でデートするの。憧れてたんだ」


 オールで漕ぐと、水面みなもの上をボートがゆっくりと進む。


「私、誠のこと、好きよ」

「え?」

「びっくりした? 思ったことははっきり言うのが、私の性格だから」

「…」

「誠は私のこと、どう思ってるの?」

「俺は、訊かれたことには正直に答えるし、思ってもいないことを言うのは嫌いだ。正直に言うと、横田ハウスで一緒に暮らす皆は家族の様な存在だと思ってる。きっとそれは、恋愛感情ではない。と思う」

「正直なのね」

「それが俺だから」

「好きな人はいる?」

「たぶん、いない」

「たぶん?」

「横田ハウスのメンバーは家族の様な存在だし、学校の女子は仲の良いクラスメイトだし、恋愛感情でいう好きとは、違うから」

「それじゃ、アプローチしだいで、恋人にアップグレード可能だ」

「その可能性はあるね」

「俄然、がんばっちゃおうかな。うかうかしてると、ミクや彩に盗られちゃう。誠、覚悟しておいてよ」


 デイフィリアが腰をあげると、ボートが左右に揺れる。

「ちょっと、危ない」

 ボートの淵に掴まって、誠の隣に座る。狭いボートの上で、ふたりの体は自然と密着する。オールを片方、手にして、漕ぎ始める。

「うまく漕げない。誠、教えてよ」




 漕ぎ方を教えながら、ボートは水面みなもをゆっくりと進んでゆく。

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