恋バナはバスルームの中で

「映画、おもしろかったですね。誠さん」


 その日の夕餉は、宮部るるのひと言で始まった。




 ミクは思う。

『無垢な顔をして、なんて事を言っているの』



 彩は思う。

『中学生だし、はしゃぐのはしょうがないかな』



 デイフィリアは思う。

『誠と映画を観たとな。心胆、寒からめしてやりましょう』




「るるちゃんは、誠と映画行ったんだ」

「はい」

「映画はどうだった?」

「う~ん。正直、ちょっと難しかったです」

「誠はどう感じた?」

「けっこうおもしろかったよ」

「るるちゃんには、難しかったってことね。デートで映画のチョイスを間違えるのは、失敗だね」

「え~。でも、誠さんが満足してくれたなら、良いじゃないですか」

「デートって、ふたりで楽しむもの。私は、公園でボートに乗った時、ふたりで肩よせあって、オールを片方ずつ持って、ボートを漕いだ。楽しかったでしょ? ねぇ誠」

「ああ、楽しかったよ」

「るるちゃんにデートはまだ早い。勉強して出直してきなさい」

「別に、そんな言い方しなくても。誠さん。今度はあたしとボートに乗りましょう」

「ボートが転覆したら、誠に迷惑がかかるでしょ。止めておきなさい」


 誠が話しに割って入る。

「まあまあ、ふたりとも。デートはどちらとも楽しかったから」


 ふてくされる、るる。満足気な、デイフィリア。




 るるが帰った後、デイフィリアは、暗い顔をしているミクと彩をお風呂に誘った。




 重苦しい雰囲気が漂う浴室内。




 デイフィリアはショートカット。髪は洗わず、かけ湯をして、湯船に浸かって、開口一番、放った。

「私、誠に言ったよ。好きだって」




 黒髪に泡立てたシャンプーを滑らせ、黙々と髪をたくし上げる彩。洗い終わった髪をまとめ、湯船の淵まで行く。

「告白はまだしてないけど、好きって気持ちは負けないつもり」

「いつ、告白するの?」

 黙ったまま湯浸かる。


 入れ替わるように湯から上がり、胸を洗いながらデイフィリアは言う。

「それじゃ、私が先に進んでも、文句は言わないでね」




 金色の長い髪に、泡を滑らせ、先まで丁寧に洗うミク。洗い終わった後、髪をまとめて湯に浸かる。

「先に進むって、どういう意味?」

「そのまま意味よ」

「それは、キスとか、セックスとか?」

「想像にお任せする」

「それが先へ進むことだと考えているなら、お粗末な発想ね」

「どういう意味」

「まず、人を思いやる気持ちがあっての、キスやセックスよ。デイフィリアの考えは単なるレイプよ」

「私だって相手を思いやる気持ちはあるわ」

「どうだか」

「話しにならないわ」




 湯から上がり、彩は体を洗い始める。

「この傷だらけの身体はもう、隠す必要がなくなった。誠が認めてくれたから」


 太ももから足のつま先まで、泡を滑らせ洗いながらデイフィリアは言う。

「だから?」

「私も先へ進もうと思う」

「抜け駆けありって訳ね」

「ただし、誠君の気持ちをしっかり確認しながら」

「悠長なこと言ってるなあ。私と公園デートした時、誠がなんて言ったか教えてあげようか? 横田ハウスで一緒に暮らす皆は家族だ。恋愛感情は無いって。つまり、強引にでも彼の目を自分に向けないと、永遠に、恋人同士にはなれないってこと」




 ミクは湯から上がり、デイフィリアの後ろにあるカランで、腕を洗い始める。


 体を洗い終えたデイフィリアは、ミクの肩に手をあてて言う、

「私は誠にアプローチしていく。先に落としちゃったら、ごめんね」


 デイフィリアは浴室を出て行った。




 体を洗い終えた彩も、浴室を出て行く。




 ミクはひとり、黙々と体を洗いながら、自分の気持ちを確かめていた。




 翌朝。


 食事の間、三人は黙して語らず。食べ終わると、それぞれ家を出て行った。いつもなら、全員そろって家を出て行く。


 アンが不思議がる。

「今日はみなさん、別々に登校のようです。食事中もまったく話しませんでした」


 えこみは言う、

「るるちゃんの爆弾が効いたかな」

「爆弾? ですか」

「爆弾の本体は誠。君だぞ」

「はい。わかってます」

「どうする?」

「わかりません」

「キャンディはどうするの?」

「今は静観」

「管理人であって、先生らしい」

「誠君。学校が終わったら、つきあってくれない?」

「買い物ですか?」

「まあ、そんなもんかな」

「わかりました」

「車で迎えに行くから、校門の前で待ってて」

「了解です」




 放課後。


 誠が校門の前で待っていると、えこみが車で乗りつける。

「待った?」

「いえ」

「じゃ、行こうか。乗って」




 いつものショッピングモールで買い物をする。

「今日はアンと一緒じゃないんですか?」

「アンには家の掃除をお願いしてる」

「自分の部屋は、自分で掃除するようにしたらいいじゃないですか」

「アンドロイドに甘えてるのね。見られて困るモノはないと」

「俺もそのひとりですけど」

「昔、ベッドの下は男の秘め事だったらしい」

「なんですか? それ」

「そんなこともあったらしい。あたしも詳しくは知らない」


「そんなことより、誠は、好きな女の子はいないの?」

「今はいません」

「美人で、性格の良い娘が、横田ハウスには7人も住んでるのよ。男子なら手が出ない訳ない。君はmale?」

「はい」

「それなら、女子にアタックしないと」

「横田ハウスは、俺にとって家族のような存在だと思ってるんです」

「それ、誰かに言った?」

「はい」

「はあ…。それ、本気?」

「はい」

「そっか、わかった」

「?」




 車は、とあるビルの地下駐車場に停まる。エレベータで上がって、とある部屋に入ると、ダブルベッドに大きいバスルーム。

「あの、ここってもしかして」

「ラブホテルよ」

「なんですか、こんなところに連れてきて」

「まあまあ、とりあえず座ろう」


 誠は渋々、椅子に座る。

「ちょっと、人の多いところじゃ、はばかられる内容なんでね」

「だったら、えこみさんの部屋でも良いじゃないですか」

「タブレット出して」

 誠は、タブレットを取り出す。

「データ贈るから。大事に使ってね」


 えこみから贈られてきたデータは、無修正の女性の写真と、動画だった。

「なんですかこれ。非合法モノですよね」

「そうだね」

「そうだねって、随分とのんきな…」

「昔から性教育というのはね、大人から子供へ伝えられて、その子供が大人になって、また子供に教えるという風に伝わってきたの。今は、なんでもかんでも規制、規制。そのわりには、正しい性教育をしない。結果、間違った性知識が広まって、望まぬ妊娠やレイプにプレイ、性病の蔓延。おかしい世の中だね」

「それで、えこみさんが教えてくれると」

「そういうこと。世の中には、私みたいな悪い人が、多少なりとも生きていた方が、世の中スムーズに回るんだよ。誠くんさえ良ければ、今、ここで、直接、教えてあげるよ? そのために来たんだし」

「結構です」

「そう? 残念。でもね、女の子からの誘いは受けるのがマナーだよ。上げ膳食わぬは武士の恥っていってね。なにより、その娘をひどく傷つける」

「誘う男の方も、断られたら傷つきます」

「男の子は我慢するの」

「男女は平等じゃないんですか?」

「それじゃあ逆に訊くけど、結婚したカップルの何割が男性告白? 女性告白? エビデンスもあるよ」

「…」

「答えられないのが答えだね」




「ところでさ、せっかく2時間あるんだし、お話しましょ」

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