振られるって、きついな~

「その前に、ちょっとシャワー浴びてくるね」

 手塚えこみは、バスルームへ消えた。


 手持無沙汰の横田誠は、備え付けのパソコンでゲームを始めた。突然、喘ぎ声が大音量で鳴り響き、恥ずかしくなって、慌ててゲームを強制終了した。普通に動画を観ようと思ったが、ブラウザに表示されるお勧め動画はアダルトなモノばかり。あきらめてパソコンを落とし、自分のタブレットでお気に入りの動画を観始めた。




 えこみは、バスタオルを羽織るだけ。胸の谷間や、太ももに汗が流れる。

「なんて格好してるんですか」

「喉乾いた。冷蔵庫になにかあるかな」

「着替えてきてくださいよ」

「あ! ビールがある。でも車だから、ノンアルコールにしよ」


 プシュッと、栓が開く音が響く。


「さっきエッチなゲームしてたでしょう。喘ぎ声がバスルームまで聞こえたよ」

「してません」

「じゃあ、さっきの声は何?」

「パソコンでゲームをやろうと思ったら、勝手に起動したんです」

「おもしろかった?」

「ゲームはすぐシャットダウンしました」

「そう? 楽しんでも良かったのに」




 目のやり場に困り、目が泳ぐ。

「誠くんもシャワー浴びてくれば」

「結構です」

「そう?」

「ところで、話しって何ですか?」




「誠くんは、私のこと、どこまでわかってる?」

「親父の差し金だろうから、Rashomonの関係者だってことぐらいまでですかね」

「私、デザイナーベビーなの。驚いた?」

「驚いた、というより、なんか腑に落ちました」

「何故、私たちが横田ハウスに集められているか、知ってる?」

「親父曰く、日本の方が安全だから」

「それもひとつの理由としてあるわね。でも、本当の理由はたったひとつ」

「たったひとつ?」




 ノンアルコールビールを飲み干し、髪を束ねていたタオルをほどくと、黒く長い髪が、風になびく柳の様に舞って、えこみの体に枝垂れかかる。


「現在、子供の出産前遺伝子検査は普通に行われている。遺伝子に異常が無ければそのまま。あって、治療が可能であれば治療する。治療が無理ならろす。私たち人間は、生まれてくる命の選別をしているの」

「生命倫理の話ですか?」

「誠くん。あなたも出産前に遺伝子治療を受けてるわね」

「はい」

「どんな治療か知ってる?」

「神経系の治療とだけしか聞いてませんが」

「その治療を受けずに生まれてきたとしたら、どんな病気になっていたと思う?」

「さあ。考えたこともありませんね」

「重篤な精神疾患を持って生まれたのは、間違いないでしょう」

「だから、なんの話ですか?」


「横田ハウスには、横田優人博士によって恣意的に人が集められている。その人達は全員、なんらかの遺伝子操作がおこなわれている」

「はい」

「デイフィリアちゃんから告白されたそうね」

「なんですか? 突然」

「ミクちゃんも、彩ちゃんも、君に好意を寄せている。かくいう私も、誠くん好きよ」

「からかわないでください」

「からかってない。本気も本気。好きでもない人と、寝ようなんて思わないわ」

「あの。さっきからなんの話をしてるんですか」

「ここまで話せば、察しの良い誠くんならわかるはずよ。遺伝子操作された人を集めてひとつの家で生活をする。年頃の男女がひとつ屋根の下で住んで、意識しない訳がない。恋が生まれ、愛が生まれ、やがて子が産まれる」

「話が飛躍しすぎです」

「冗談だと思うのなら、後でお父さんに訊いてみることね」




 えこみが誠ににじり寄る。えこみの胸元が大きく見開いている。

「私。誠くんのこと、好きよ」

 その声には、今までのおどけた調子はなく、穏やかな気持ちのこもった、温かな質だった。

「すいません。今の僕では、えこみさんの気持ちに応えられません」

「そう…。振られちゃった」




 時計を見る。

「そろそろ時間ね。服を着てくる」

 えこみはバスルームへ消えた。




 横田ハウスで荷を下ろし、シェアカーを返しに行く。車の中で仰け反って。

「思っていたよりキツイな~。振られるって」

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