陽子はヨーコの夢を見る
あたしは、見慣れない教室の扉を開けた。
中は、階段状に机が並んでいる。これは、中学校の教室と違う。ドラマで見たことがある。大学の教室だ。教室の席は、半分ほど埋まっている。ぐるっと見回して、どうせ授業を受けるのなら、最前列の真ん中が最適だろうと思い、その席へ行くと、既に男性が座っていた。あたしはその隣に座った。
彼が振り向く。驚いた。若い頃のお父さんだ。
「どうしてこんな席に?」
「授業を聴くにはココが一番、良いでしょ」
彼は、笑顔で言った、
「You are welcome.」
あたしは日本語で、
「おじゃまします」
と返した。
ふっと、そこで目が覚めた。
なんだろう、いったい。大学でお父さんと会う夢? どうしてこんな夢を見たのだろう。ただ、心臓がドキドキして、顔が火照って、すごく温かい気持だった。
朝食の時、お兄ちゃんと会った。ちょっと、お父さんと似てるかな。
「陽子はもう、学校は慣れたか?」
「うん。友達もできたよ」
「彼氏は?」
「できるわけないじゃん! あたしまだ中学生だよ」
「好きな人ぐらいいてもいいだろう」
「そういうお兄ちゃんは、好きな人できたの?」
「友達はできたよ。とても頼りがいのある奴がふたり」
「頼りがい?」
プッとミクが笑った。
「ミクさん。彩さん。お兄ちゃん、学校でちゃんとしてる?」
「してるよ」
「してます」
「なんか、頼りない感じなんだよな~。子供のころから」
「頼りがいあるよ。このあいだなんか、龍之介に目つぶししてたし」
「そうだ! あれ、いったいなんだったの?」
「あれは…、まあ、ちょっとしたケンカだ」
「どうせお兄ちゃんが悪いんだから、ちゃんと謝りなよ」
「そうします」
ミクが、クスクスと笑っている。
中等部の玄関で、クラスメイトで友達の、宮部るると会う。
「おはよう」
「おはよ~」
下駄箱を開けると、ラブレターの束がバサッと落ちてくる。
「相変わらずモテモテだね~。陽子は」
落ちたラブレターを拾う。
「あたし思うんだけどさ」
「なに?」
「なんで、下駄箱がいっぱいになるまで詰め込むのかね」
「そりゃ、後から来た人が突っ込んでいくからじゃない?」
「それさ、前から入っていたラブレターは全員、ライバルなんだから、捨てちゃって、自分のだけ入れておこうとは思わないのかな? あたしだったらそうするけど」
「意外とドライなんだね、陽子は」
廊下を歩きながら話の続き。
「それでももらったラブレター全部、持って帰るんだね」
「全部に返事はできないけど、一応ね」
「いっそ誰かと付き合っちゃえば良いのに」
「彼氏かあ」
ふと、今朝、夢の中に出てきた、お父さんの顔が浮かんだ。
「彼氏はいいよ」
「なんで?」
「なんとなく」
教室に入り、席につく。
「陽子の写真まで、ネットに出回ってるよ」
るるは、スマフォを操作して、写真を見せる。遠巻きから撮ったであろう写真が出てくる。ほとんどは学校内や通学中のものだが、テニスをしている写真まであった。
「ネットの反応は、『この美人だれ』『芸能人?』『読モ?』などなど」
「着替えとか、プライベートを撮られてる訳じゃないし、こういうのは反応すると余計、つけあがるから、無視が一番」
「陽子は、テニス歴長いの?」
「小学生の頃からやってるから、5年くらいかな」
「あたしもテニス、やってみたいんだけど、教えてくれない?」
「テニス、興味あるんだ」
「あたし、10歳の時に事故で、下半身不随になって、長い間、寝たきりだったから、身体を鍛えたいなって思って」
「ごめん。言いずらいこと話させちゃった?」
「そんなことないよ。アメリカで脊髄の再生医療を受けて、走れるくらいまでには回復したんだけど、もっと身体を動かしたいなって思って」
「テニスって、けっこう激しいスポーツだけど、大丈夫?」
「大丈夫だって。むしろ、どんどん運動しなさいって言われてる」
「それなら、あたしが通ってるスクールに行ってみない」
「初心者が、大丈夫かな?」
「初心者コースもあるから、大丈夫」
「それじゃ、行ってみようかな」
アメリカは大学の研究所。名前は『Rashomon』
横田優人は、流産した胎児を見て、苦虫を噛みつぶした様な顔をした。隣には、白衣を着た研究員がいる。
「今回もダメでしたね」
「DNAの設計ミスかな」
「DNAの設計を精密にすればするほど、失敗する確率が高くなってる」
「出産前DNA検査で問題がないようでも、流産率、延命率が悪い」
「15歳まで成長できたのは、ほんの数例ね」
「失敗から原因を究明し、修正して正解を導き出すのが科学だ。サンプルを採取して、DNAを解析しよう」
また、若いお父さんが出てきた。
「ヨーコ」
と、呼んでいるが、あたしのことではなく、お母さんのことなのだろう。
チャイニーズシアターを歩きながら、有名な俳優の手形や足形を探してはしゃぐ。あたしはとても上機嫌で、お父さんの腕をつかんで振り回していた。
場面は突然、変わる。
あたしは、ひどく怒っている。モハーヴェ砂漠でガラガラ蛇をみつけたと、お父さんがはしゃいでいるのだ。木の棒で蛇にいたずらし、尾をガラガラと鳴らして威嚇する蛇を見て、
「見ろよ!」
と、おどけるお父さんに対し、
「危ないよ! 止めて!」
あたしが怒鳴っている。心配な気持ちと、怒りと、あきれた感情が、複雑に湧き上がってくる。
さらに場面が変わる。
墓地と思われる場所で、あたしを含め、お父さんなど、たくさんの参列者が黒い喪服を着て、地面に埋められた棺の周りに立っていた。棺には土が掛けられてゆき、徐々に埋まってゆく。
誰が亡くなったのだろか。あたしはとにかく、悲しくて、お父さんの胸に顔を埋めて、涙を流していた。
目が覚めた。起き上がろうとしたが、全身に力が入らない。背筋が凍り付くような寒気に襲われ、頭が痛く、ぼんやりする。風邪ひいた?
キャンディを呼び、熱を測ると、38.2度。
「風邪ね。今日は学校、休んで、寝てなさい」
「わかりました」
「スポーツドリンクを持ってくるから、水分はこまめにとってね」
「ありがとうございます」
スポーツドリンクを飲んで、横になる。
優人は別のチームから声が掛かる。
「こっちも悪いニュースだ」
モニターに心臓の3D画像が写し出される。
「再生した心臓は、機能を停止した」
「原因は?」
「わからん。成人の心臓を、生体内で再生する手法は失敗した。これで18例目だ」
「体外で成長させた後、移植する方法は成功しているんだけどな」
「この手法では、体内に心臓2個分のスペースを必要とする。成長途上の乳幼児では成功例があるが、成人では難しい」
「成長させた後に移植する方法だと、昔の臓器移植と変わらない。第一、成長させる時間が長すぎて、心臓が悪くなった後からじゃ間に合わない」
「万能細胞で生成した臓器を、病気になった時のために、保管しておく。それがビジネスになってる」
「俺が新しい医療ビジネスを開拓してみせるよ」
「鼻息だけは荒いな。優人は」
真っ青なサンタモニカビーチで、あたしとお父さんは波打ち際ではしゃいでいる。あたしも。日焼けすることなど意に介さず、一緒に海で泳いだ。泳ぎ疲れると、ビーチで日光浴をしたり、ビールを飲んだり、ホットドッグをむさぼり食べたりした。とても楽しい。
場面が変わる。
あたしは、お父さんの温かい腕を抱いて寝ている。腕から、お父さんの匂いがする。良い匂い。お父さんの腕は、研究者にしては太く、日に焼けている。
おとうさんが目を覚ます。
「どうした?」
「嬉しいの」
「こどものことか?」
「うん」
「研究所の仲間も祝ってくれた」
あたしは、お腹に手を当てた。お腹の中に、新たな命が宿っている。嬉しくて、あたしは何度でも、お腹の中の子に語りかけた。
「そうだ。優人のご両親に、結婚の挨拶に行かなきゃ」
「産まれてからで大丈夫だよ」
「ダメ! 育児に時間をとられて、それどころじゃなくなる」
「親父とおふくろに来てもらうよ」
「ダメ。あたしが行かなきゃ失礼だよ。それに、優人が生まれ育ったところを見てみたい」
「わかった。安定期に入ったら行こう」
場面が変わる。
見覚えのある、あたしが育った、祖父母の家。あたしは祖父母と対面している。目の前にいる祖父母は、若く見えた。
あたしはとても緊張している。頭の中が真っ白になって、思わず、
「優人さんを私にください」
と言った。
祖父母はもちろん、優人も大笑いした。あたしは恥ずかしさのあまり、顔から耳まで火照る思いだった。
目が覚める。
不思議と、すっきりした気分だ。時計は16時をさしていた。ずいぶんと寝ちゃったな。スポーツドリンクがなくなった。そこへ、キャンディが卵粥を持ってきてくれた。熱は若干、引いたが、明日も大事をとって、休みなさいと言われた。
三日目。熱は引いたが、大事をとって、今日も学校を休んだ。
夕方、宮部るるが見舞いに来てくれた。
「大丈夫?」
「うん。だいぶ良くなった」
「お見舞い持ってきた。フルーツゼリー。消化に良いかなって思って」
「ありがとう」
「休みの間の授業のデータ、持ってきた」
「ありがとう」
データの転送をして。ちょっとだけ、話をした。
「さて、病人の前で長居は無用。帰るね。明日は学校来れそう?」
「多分、大丈夫だと思う」
「それじゃ、明日、学校でね」
「お見舞い、ありがとう」
るるは部屋から出て、リビングにいるキャンディに挨拶をした。
「お見舞い、ありがとうね」
「いえ。思ったより元気そうで良かったです」
そこに、誠と彩、ミクが帰ってきた。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
「ただいま~」
「みんな、お帰り」
誠が、るるに気がつく。
「お客さん?」
「陽子のクラスメイト。お見舞いに来てくれたの」
「兄の誠です。今日は来てくれてありがとう」
「おじゃましてます」
その時、るると彩の目が合った。
「るるちゃん?」
「彩さんですか?」
「うわ~、ひさしぶりです」
「久しぶり。元気?」
「はい。だいぶ回復しました」
「なに? ふたり、知り合い?」
「はい。優人さんの研究所で、再生医療を受けた仲です」
「それはまた、奇妙な仲ね」
ふたりは、はしゃいで話をはずませた。立ち話もなんだからと、リビングで小一時間、話して、るるは帰って行った。
その日は、三日ぶりにお風呂に入って、久しぶりに五人そろって夕食。歓談して、るるがくれた休みの間の授業を勉強して、ベッドへ入った。
あたしは、産まれたばかりの小さな赤ちゃんを抱いている。
パジャマの胸元を開け、赤ちゃんにおっぱいを飲ます。赤ちゃんは力強く、おっぱいを吸う。あたしは、赤ちゃんの顔を優しく撫でながら、愛しい気持ちでいっぱいになる。
お父さんがあたしをみつめる。
「美しい」
「男の子よ」
「ヨーコのことだよ。女性は子供を産んだ直後が一番美しいって言った人がいたな」
「なに? それじゃ普段は不細工なの?」
「普段からヨーコは美しいよ。今はさらに美しい」
キャンディが、赤ちゃんを見つめて言う、
「可愛い子ね。名前はもう決めたの?」
「そうだな~。『総司』なんてどうだ?」
「なんで?」
「ヨーコ好きだろ。新選組」
「そうだけど、推しを名前にするのは、若干、抵抗があるかな」
「それじゃ『誠』でどうだ」
「そうね、良いかも」
「歴女の業は深いな」
あたしは、痛いほどおっぱいを吸う赤ちゃんの頭を撫でながら言った。
「誠」
はっ! と、そこで目が覚めた。すごい、暖かい夢を見ていたはずなのに、すごく悲しい。涙が流れていた。
お父さんと、キャディさんに見守られて、赤ちゃんにおっぱいをあげている。赤ちゃんの名前は『誠』。お兄ちゃんか。お母さんが見てた光景? それをなぜ、私が夢に見るのだろう。
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