みんなの夏休み・その1

 真夏の太陽が、アメリカ西海岸のビーチを焦がす。



 ミクは思わず、声を張り上げる。

「来たー!」

 真っ青な空に、エメラルドグリーンの海。白く輝く砂浜。


 横田誠、陽子、優人の家族に、キャンディ・ハインライン、ミク・キャサリン・クラーク、小松彩、デイフィリア・ディック。そしてアンがやって来た。


「誠! さっそく泳ぐよ!」

 ミクは誠の手を取ると、強引に海へ引っ張って行った。

「ちょっと! 待ちなさい」

 彩が慌てて後を追う。

 彼女を目で追いながら、デイフィリアが言う。

「彩、ビキニ着てる。ミクに対抗心、燃やしてるからかも知れないけど、傷跡を隠さない気概はやるわね」

「ミクさんもこっちの出身ですよね。海水浴ぐらい、来た事あると思っていたんですけど」

「それはね、妹ちゃん。アメリカ人が『日本は周りを海で囲まれてるんだから、日本人は皆、海水浴ぐらいしたことあるだろう』って思うのと同じことよ」

「なるほど」

「ところでアン。あなたもビキニ着てるけど、海水浴は大丈夫なの?」

「身体を冷やすので、大丈夫です。むしろ、この日差しで熱暴走しそうです」

「ビーチパラソルから出ないことね」

「そうします」




 そこに、横田優人登場。

「みんな、楽しんでるかな」

「博士。意外と締まった身体してますね」

「研究職とはいえ、健康第一。ジムに通ってるよ。ところで、キャンディの姿が見えないが」

「キャンディさんは、学校の仕事があるから、それが終わってから来る予定です」

「日本の学校の先生なんて、夏休みは、たまった有給の消化期間みたいなモノだろう」

「それ、日本で働いている全教師を敵に回す発言ですよ」

「キャンディのマイクロビキニが見たかったのに。残念」

「それ、セクハラですよ」




「私も泳ごう。妹ちゃん、一緒に行こう」

「はい。行きましょう!」

 陽子とデイフィリアは、波打ち際ではしゃいでいる、誠達へ駆けていった。

 パロソルの下で、涼を取っているアンに、優人が語りかける。

「アンは、行かないのかい?」

「熱暴走が怖いので、ビーチパラソルの下で涼んでいます」

「機械を冷やす最高の方法がある。それは、海に浸かるんだ」

「私も海で泳いで、良いのでしょうか」

「良いんだよ」

「行ってきます」

 アンは砂浜を蹴って、みんなの方へ行った。


 ミクと誠と彩の三人で、ふざけていると、足を波に取られ、誠がミクを押し倒す様に、海に倒れ込む。海の中で、あわや唇が重なってしまう距離まで、顔が接近する。

「ちょっと! なにやってるの!」

 彩が誠を抱き起こすと、今度は反対側へ、彩を押し倒す様に海の中へ倒れる。海の中で、あわや唇が重なってしまう距離まで、顔が接近する。

 ミクも、彩も、顔を真っ赤にして恥ずかしがる。


 デイフィリアとアンと陽子も、腰まで海に浸かり、波を飛んで楽しんでいる。

「アン。初めての海に入った感想は?」

「意外と流れがありますね」

 陽子は心配している。

「アンはアンドロイドだから、溺れないよね? 大丈夫だよね?」

「溺れることはありませんが、冷却機関に水が入ると、メンテナンスが必要になります」

「そもそも、泳げるの?」

「泳げません」

「海に入っちゃダメでしょ」

「陽子は泳げるのですか?」

「え? えっとー。泳げないけど」

「それなら私も大丈夫だと思います」

「そういう問題?」

「この辺、意外と深いです。気をつけてください。波もありますし」

「うん。わかってる」

 その時、大きな波が三人を襲う。波に飲まれたのは、デイフィリアと陽子で、アンはその場で直立していた。

「みなさん、大丈夫でしょうか」




 その後もみんなで、水を掛け合ったり、ビーチフラッグに興じたり、砂浜に城を築いたりと、楽しんだ。




 夕方。シャワーを浴びて、私服に着替えると、ホテルでバイキング形式による夕食の時間だ。

 例によって、ミクと彩が誠に張り付くが、誠はピシャリと言う。

「俺は、俺の食べたいものを、自分で取って来るから、ふたりとも、自分の食べたいものを自分でとって食べてくれ」

「え~」

「そうですか。わかりました」

「なによ彩。随分と聞き分けが良いじゃない」

「食事は自分らしく楽しみましょうっていう、誠さんの計らいですから」


 肉を頬張りながら、優人は言う。

「誠の奴、モテモテじゃないか」

「優しい人です。私も好きですよ」

「デイフィリアも、アプローチしたら?」

「そうですね。でも、優しいだけの男じゃつまらないんで」


「陽子は彼氏できたか?」

 頬張っていた食べ物を、ブーーーーっと豪華に吹き出す。

「初めて見たぞ。アニメみたいに吐き出す奴」

「お父さんがいきなり、そんなこと言うから」

「図星か」

「いないよ」

 アンの方を向いて、

「いないの?」

「はい。お伺いしていません」

「お父さん。アンに訊くのは卑怯だよ」

「仲良くされていて、家にもよく遊びにいらしゃるお友達なら、いらっしゃいます」

「男か?」

「女の子だよ。宮部るるっていう」

「聞いたことのある名前だな」

「お父さんの大学で、脊髄の再生医療を受けたって言ってた」

「それなら、顔ぐらい見たことがあるかも知れないな」




 その日はホテルに泊まり、翌日から一同は、数日にわたってディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ハリウッドで遊び、ヨセミテ国立公園へ。

「すっごー」

「綺麗」

「絶景ですね」


「ホント綺麗ね」

 その時、キャンディの声が聞こえた。

「キャンディさん」

「やっと合流ですね」

「ついでにあれ、持ってきたから」

 そこには、大型のキャンピングカーが停まっている。

「買ったんですか?」

「まさか。レンタルよ。広いヨセミテ国立公園を周るには、必須のアイテムだからね」

「みんなには、この大自然を、日帰りではなく、泊りで満喫して欲しい。今夜はバーベキューだ」

「バーベキューソースは博士特製ですか?」

「アメリカに、そういう大会がありましたよね」

「バーベキューソース作りに注ぐ熱量があったら、研究に注ぐね。それに、牛肉に一番、合うソースは醤油だよ」




 キャンプ場にキャンピングカーを停め、車内だけでは寝床が足りないので、大きめのテントを張る。バーベキューコンロを2台用意し、炭に火を点ける。炭の下に小枝を敷き詰め、その下へさらに枯葉を突っ込む。誠は手際良く、火を熾す。

「着火剤、使わないんですか?」

「田舎の山育ちだからね、焚火は得意なんだ」

 バーベキュー用の食材を、手分けして用意する。


 肉や野菜が一斉に焼かれ、香ばしい煙をなびかせる。

 アンが刷毛でタレを塗ってゆく。肉の香りに、甘いスパイスの香りが交わる。

「照り焼き?」

「カレー風味もありますよ」

「おなかがすく~」

「早く食べたい!」


 ビールサーバーから注いだビアジョッキを片手に、優人は言う、

「横田ハウスのみんな、ようこそアメリカへ。乾杯!」

「「「乾杯」」」




 バーベキューが焼けると、あっというまになくなってゆく。

「誠。このお肉、美味しいよ」

「誠さん。こっちの肉の方が美味しいですよ」

 バチバチと火花を散らす、ミクと彩。


「妹ちゃん。お兄ちゃんモテるね。どうする」

「いや、別に。なんとも思いませんけど」

「私もお兄ちゃん、好きだよ」

「マジですか!?」

「人としてね」

「そうですか」

「ちょっとがっかりした?」

「別に」




 アンは、次から次へと、食材をコンロに並べる。優人とキャンディは、ディレクターチェアに座って、ビールを飲んでいる。

「にぎやだな。家でもこんな感じか?」

「もうちょっとおとなしいわね。バーベキューだもの。はしゃいでるのよ」

「みんな、元気にやってるか?」

「元気よ」

「異常なく?」

「ええ」

「それなら良かった」




 夜は満天の星空に、感嘆の声が上がる。時々、星が流れる。

「流れ星!」

「お願いしなきゃ」

「1秒もない時間に願いを託するって、奇跡でも起こらないと無理」

「デイフィリアはロマンがないな」

「ロマンを夢想するなら、実際に行動するよ」

「仮に、願いが叶うとしたら、なにを望みますか?」

「私が生き返ったこと自体、奇跡みたいなものだから、これ以上は望まないかな」

「そうですね。私も生きていることが奇跡みたいなものなので、これ以上を望むのは贅沢なのかも知れません」


「その意味、訊いていい?」

「私の内臓の大部分は再生されたんです。今、生きているのが不思議なくらい、重病だったらしいです」

「生きていて、幸せ?」

「もちろん」

 満面の笑みで応える。


「私も訊いていい?」

「私はね、数十年前に1回死んだの。身体を冷凍保存して、現代医療で蘇った。今、私の家族は、親は6フィート下に埋まってる。兄妹は老人よ。身寄りなんていないの。友達もね」

「創ればいいじゃないですか」

「創る?」

「家族も、友達も、恋人も。今から」

「そうだね。彩は私の友達になってくれる?」

「私は既に、友達のつもりなんですけど」

「泣かせること、言うじゃん」

「友達ですから」

 ふたりは笑う。




 笑顔も、恋心も、全ては星空に包まれて、夜は更けてゆく。

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